「きょうのキラ君」は前半はまずまずの出来だが、中盤以降は恣意的な展開が続出する。
高校2年生の岡村ニノン(=ニノ=飯豊まりえ)は、長い前髪で両目を隠して人との関わりを避けていた。
ある日、教室内をふらふらしていたニノはガラの悪い男子にぶつかってしまう。ニノはすぐに謝るが、男子は難癖を付けてくる。同級生の吉良ゆいじ(=キラ=中川大志)は椅子に突っ伏してその会話を聞いていた。しかし男子が続けて、死んでほしい、とニノに言い放つと、キラは突然立ち上がり、男子を激しく殴りつける。
10月3日。ニノは学校の廊下を大急ぎで駆けてゆく。そして屋上に着くと、キラが1人地べたに座っていた。ニノが声をかけると、キラは立ち上がってニノに近づく。だがニノはなかなか用件を言い出せず、キラは苛立ってしまう。するとニノは突然、あなた、死ぬのか、と大声で尋ねる。キラはそれを否定して、屋上を後にする。
放課後、ハンバーガーカフェにてキラは同級生たちとダーツや雑談に興じる。そんなときふと店の外に目をやると、下校中のニノが歩道橋を渡っていた。キラはガラスに近づいてその姿を見つめる。
10月6日。下校途中、キラが公園のベンチに座ると十姉妹がやってきた。この十姉妹は以前キラに怪我の手当をしてもらっており、すっかり懐いてしまったようだ。キラはそんな十姉妹を手に乗せて空へ飛び立たせる。偶然通りかかったニノはその様子を木の陰から観察していた。するとキラは涙を流しはじめ、死にたくない、1人は嫌だ、と言ってうずくまってしまう。
それを見たニノは、大急ぎでキラの元へやってくる。そうして、自分もこれからは人と目を合わせるようにする、と言ってハサミで前髪を切り落とし、キラ君を1人にさせない、365日キラ君と一緒にいます、と宣言した。
ネタバレなしの感想
本作は漫画の実写化としては自然なものだ。最近公開された「イタズラなKiss THE MOIVE2 キャンパス編」や「咲-Saki-」では、原作を忠実に再現しようとしたため、一部の登場人物たちの言動がおかしなことになっていた。しかし本作は原作を3次元に適した形に再構成しており、観ていると原作が漫画であることを忘れてしまう。とりわけオカメ先生(=高橋茂雄)については、良い落としどころを見つけた。
また本作は若手俳優たちが素晴らしい。学園ものでは大抵誰かしらぎこちない役者がいるものだが、本作の場合はそのようなこともないから落ち着いて鑑賞できる。とりわけ、主役を演じた飯豊まりえと平祐奈は芸達者だった。
こうした好条件もあって、本作は上々の滑り出しを見せた。ニノのキラに対する態度はとてもいじめられっ子のそれには見えないのだが、そのあたりの事情は後できちんと説明されている。他方キラのニノに対する接し方については、動物園におけるプリクラ撮影のシーンが若干気になったものの、全体的に予想していたよりは控えめだった。原作第4巻から再現された「カーテンの刑」も、割と自然できれいに撮れている。
だが本作は中盤にさしかかったあたりから雲行きが怪しくなる。
ニノはキラのためにハンバーガーカフェにて誕生日会を催す。しかし同級生たちが、待ってました、とばかりに会場に現れるところなどは、いかにも作り物の雰囲気がする。それにも増して、閉会後のキラの取り扱いはあまりに人為的で開いた口がふさがらない。キラはハリーポッターに出てくる魔法使いか。もともとこの日には特別な事情があったのだから、もう少し慎重になるべきだったろう。
本作の後半はまさにベタ中のベタであり、これほど新鮮味に欠ける映画も珍しい。しかしたとえ筋書きが古典的であっても、丁寧に描けばまともな作品に仕上がることもある。だが誕生日の呪いと言うべきか、それ以降、本作の質は低下してしまう。
まずニノの部屋に父親の隆弘(=安田顕)が入ってくるシーンは、ありきたりなだけでなく相当人工的だ。こうしたあからさまな描写は避けて、もっと普通にした方がよい。
キラにとって激しい運動は体に障る。しかし親友の矢部和弘(=葉山奨之)は、それを知りながらもやたらとキラを急かすのだ。ゆっくり歩かせてあげてよ、と心の中でつぶやいたのは私だけだったろうか。
またニノの父、隆弘(=安田顕)の心境の変化は常識ではなかなか納得しにくい。一般に人は年をとるにつれて頭が固くなっていき、中高年ともなれば、一度決めた考えは容易に変えられない。そこをなんとか柔軟に対応してほしい、というのが若者側の切なる願いだが、それが実現することは極めて希である。だからこのあたりの描写を正当化するには、かなり大がかりな仕掛けが必要になる。
最終盤でニノの両親が入場してくるタイミングもあまりに出来過ぎていた。ここまでやってしまえば、コントと間違われても仕方なかろう。
本作の結末に意外性はないけれど、視聴後はさわやかな気持ちになれる。ベタだなあ、と思いながらも、私は少し頬が緩んだ。
私が観たのは初日の午前だったが、上映は超小スクリーンで行われた。ただ観客はまずまず入っていて、特に女子中高生は多かったようだ。きっとある程度は満足できたのではないか。
本作は脚本家のご都合主義が目に付くものの、役者たちの演技は魅力的だ。デートの引き立て役としては十分な役割を果たすだろう。
原作 みきもと凜『きょうのキラ君』 監督 川村 泰祐 出演 中川大志、飯豊まりえ、葉山奨之、平祐奈、三浦理恵子、安田顕、岡田浩暉、川上洋平、高橋茂雄、ほか
1時間49分