彼らが本気で編むときは、 70点

「彼らが本気で編むときは、」は脚本が比較的丁寧に書かれているものの、やや前進するエネルギーに欠ける。

小学5年生のトモ(=柿原りんか)は学校を終えてがらんとした部屋に帰ってくる。干しっぱなしの洗濯物をたたみ、用意されていたコンビニのおにぎりを食べる。

夜、トモは布団に入って母親のヒロミ(=ミムラ)を待つ。ヒロミは深夜に酔い潰れて帰宅すると、そのまま布団に潜り込む。

朝、ヒロミはトモよりも遅れて起きてくるが、二日酔いで体調がすぐれない。トモはヒロミに挨拶し、学校へ出かける。

休み時間、男子生徒たちが同性愛者に対する中傷を黒板一面に書いている。一方トモの周りには数人の女子が集まり、他の生徒の悪口を言っていた。カイ(=込江海翔)は黒板の落書きを消しながら、トモの方にちらりと目をやる。

帰り道、トモは橋の上にやってくる。手すりから身を乗り出して川を見つめ、ゆっくりと唾を垂らす。そして目を閉じ、空に向かって長く叫ぶ。

トモが帰ってくると、アパートの前でカイが待っていた。カイは、ゲームする?、と誘うが、トモはすげなく断る。勉強しなくていいの?、とトモが尋ねると、カイは、音大の付属に行くからレッスンの方が大事、と答える。トモは、学校では関わらないで、同類だと思われるから、と言い放ちアパートに入る。

トモは誰もいない部屋に戻ってきた。テーブルの上には1万円札が置かれており、トモは添えられた手紙を読む。

トモはリュックを背負い、三省堂書店で会計の列に並ぶ。順番が来ると『マーマレードボーイ little』を数冊、レジ係のマキオ(=桐谷健太)に差し出す。マキオは、困った人だなあ、買ってあげる、と言って本を精算する。何時に終わる、とトモが尋ねると、5時、とマキオは答える。

仕事が終わり、マキオはトモを連れて自宅へ向かう。マキオはヒロミの弟であり、トモが3年生の時にも同じようなことがあった。マキオは、今一緒に住んでる人がいるけど、その人は少し変わっている、とトモに伝える。

2人がマキオの部屋に着くと、恋人のリンコ(=生田斗真)が待っていた。リンコは男性のように見えるが、化粧をして婦人服を身につけ、女性のように振る舞っている。

ネタバレなしの感想

本作は、母親に育児放棄された小学生が伯父の家で居候を始める、という地味な話だ。しかも伯父のミキオは経済的にも精神的にも非常に安定した人間である。こういった設定は現実的で好感が持てるけれど、皮肉なことに、安定からはドラマが生まれにくい。

そこで制作者はトランスジェンダーのリンコをマキオのパートナーにした。ただリンコも介護職に就いているし、ミキオに負けず劣らずの人格者である。だからマキオ家における2本の柱は強固であり、それを揺さぶるのはトモかその関係者しかいない。

つまり、本作には取っかかりが少ないのだ。こういった場合は往々にして人為的な展開に頼りがちになるが、制作者はそこをなんとかこらえて優れた作品を作り上げた。

しかしそれでも貧弱な設定の影響は大きい。本作には観客をぐいぐいと引っ張っていくような力強さが見られず、どうにか話を継ぎ接ぎして一つの作品に仕上げている。こうした状況を緩和するために制作者は編みぐるみの供養という共通の目標を与えたが、これはささやかすぎて大きな流れにはなっていない。

また、本作に登場する悪役たちの言動はあからさますぎる。

トモの同級生たちは黒板の全面に同性愛者の悪口を書く。だがこのようにするとたちまち教師に見つかってしまうから、通常いじめはもっと陰湿な方法で行われる。制作者はわかりやすい表現を求めたのだろうが、現実味には欠けていた。

カイの母親、ナオミ(=小池栄子)は同性愛者をまるで性犯罪者のように拒絶する。こういった描写は極端だし、カイの母親ともなればなおさら恣意的だ。他人に対してはとやかく言わないが、自分の子供が同性愛者であることは認めない、といったあたりが適切な落としどころだったのではないか。

看護師もリンコに対して冷たすぎた。彼らは医療のプロなのだから、全人口の10数パーセントがLGBTであることくらいわかっているだろう。それに万が一理解がなかったとしても、プロとして配慮する素振りくらいは見せるのではないか。

このようにLGBTへの迫害が取って付けたようだと、トモやリンコが苦悩する姿までもが真実味に欠けてしまう。

中盤でトモはリンコにつらく当たるが、このあたりは唐突で違和感があった。前半でトモはもっと芯のある子供として描かれており、たとえ落ち込むことがあってもリンコを傷つけるような発言はしないはずだ。

カイが入院するまでのいきさつも多分に人為的である。同性愛の子供はただでさえ大きな悩みを抱えているのだから、奇抜なネタを導入せずとも工夫の余地はあったと思う。

トモがヒロミに言った最後の一言もいただけなかった。これはトモの言葉ではなくて脚本家の要望だろう。

本作の結末は体よくまとめられた感がある。このように終わるのが一番無難だろうけど、そこで制作者なりの新しい道を示せたなら、より独自性の強い作品に仕上がったはずだ。

私が本作を観たのは2日目の夕方だったが、中スクリーンに客は10人程度しか入っていなかった。本作の完成度ならば、もっと多くの人に観られてよいと思う。

本作は若干活力に欠けるものの、不自然な展開は上手く回避している。映画館で鑑賞して損のない作品だ。

監督 荻上直子  出演 生田斗真、桐谷健太、柿原りんか、込江海翔、ミムラ、小池栄子、門脇麦、りりィ、田中美佐子、柏原収史、高橋楓翔、品川徹、江口のりこ、ほか

2時間7分

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