マギーズ・プラン 15点

「マギーズ・プラン」は希に見る低水準の内容で、なぜ松竹が配給したのか疑問である。

冬のニューヨーク、マギー(=グレタ・ガーウィグ)は盲目の老人が横断歩道を渡る手助けをする。

待ち合わせ場所に着くと、学生時代の恋人で現在は友人のトニー(=ビル・ヘイダー)がすでに待っていた。マギーはストローラー(=ベビーカー)に乗ったトニーの息子、マックスがかわいくて仕方ない。マギーが、赤ちゃんが必要なの、と言うと、トニーは、もし困ったら自分の精子が施設にあるから、と冗談で返す。それを聞いたマギーは、自分はガイ・チャイルダーズ(=トラビス・フィメル)から精子をもらう約束をしている、と打ち明ける。ガイはピクルス屋をやっている風変わりな男だが、数学専攻で頭は良い。トニーはガイの人格に難癖を付け、いつからはじめるんだ、と尋ねると、4ヶ月後、とマギーは答える。

マギーはピクルス屋にやってきて、ガイとカウンターで立ち話をはじめる。少し雑談をすると、ガイは健康診断書を差し出し、マギーはプラスチック容器を渡す。マギーの希望通り、ガイは生まれてくる子供とは関わらないことになった。

マギーは大学の事務所で受付係と話している。今月マギーの元に給料小切手が2枚届いてしまったのだ。そのやりとりを聞いていた男(=イーサン・ホーク)が2人に話しかける。男の元には給料小切手が届いていなかった。男はジョン・ハーディングと名乗り、マギーに名前を尋ねる。マギーの正式名はジョアンナ・マーガレット・ハーディンであった。2人の名前がよく似ていたことから、事務員が小切手を送り間違えたらしい。詳細は後日通知されることとなり、2人は連れだって事務所を後にする。

ネタバレなしの感想

「マギーズ・ノープラン」とでも言うべき本作は、「食べて、祈って、恋をして」を一層ひどくしたような映画である。観客は最初から最後までマギーたちのわがままと脚本家のご都合主義に付き合わされる。

マギーはニュースクール大学で美術系大学院生の就職を手助けする仕事をしている。一方、ジョンは同大学の非常勤教授として人類学を教えていた。ジョンにはデンマーク人の妻ジョーゼット(=ジュリアン・ムーア)とその間に出来た2人の子供たち、ジャスティンとポールがおり、ジョーゼットはコロンビア大学の終身教授である。

別の日、マギーが公園のベンチで昼食をとっているとジョンが偶然通りかかる。ジョンはベンチに座り、2人は雑談をはじめる。ジョンは妻のジョーゼットについて愚痴を言い、空き時間に小説を書いていることを打ち明ける。ジョンが、小説の最初の読者になってほしい、と頼むとマギーは快く受け入れる。

本作は登場人物たちを理解するのがきわめて難しい。

マギーとジョンは不倫愛を成就させ娘のリリーを授かる。しかしその後もジョンとジョーゼットは友好関係にあり、ジョーゼットが忙しいときにはマギーとジョンがジョーゼットの子供たちの面倒を見る。

こういった状況は常識的には考えにくい。ジョーゼットは大学教授だからおそらく自尊心は人一倍強いと思う。そんなジョーゼットが、自分から夫を奪った相手に子供の世話を頼むだろうか。それに不倫をするような人物は子供に何を教えるかわからないし、少なくとも私だったら怖くて預けられない。

そんな中、ジョンへの愛が冷めてしまったマギーはジョンをジョーゼットに返すことを思いつく。しかもその理由は、もったいないから、というきわめて身勝手なものだ。上述の通りジョーゼットは頭がおかしいのだが、マギーの自己中心主義も明らかに度を超している。こういったことは作品中でトニーが指摘しているけれど、制作者は観客がトニーと同じ苦痛を味わっていることを忘れてはいないだろうか。

また現実的に考えれば「マギーズ・プラン」には最初から勝機がない。

第一に、ジュリアン・ムーアは56歳、グレタ・ガーウィグは33歳である(2017年1月26日現在)。女性ならば33歳の夫と別れて56歳の前夫とよりを戻す、ということがあるのかもしれないが、男女を入れ替えた場合は現実味に乏しい。ジョンはマギーと別れることはあってもジョーゼットと復縁することはないだろう。「マイベストフレンド」の批評でも同じようなことを書いたが、おそらくこうした問題は監督が女性であることに起因する。女性が女性を見ても魅力的かどうかは判断できないから、男性の意見を仰ぐべきだった。

第二に、不倫をする人物は理性よりも感情の支配が強い。したがって、第一の要因が及ぼす影響はより大きくなる。

アメリカ人のムーアをデンマーク人のジョーゼット役に当てたのも疑問が残る。ムーアがデンマーク訛りを忠実に再現できているなら話は別だが、きっとそうではないだろう。

また、本作は偶然を多用しすぎた。

冒頭でトニーは精子バンクの話題を持ち出すべきではなかった。その後にマギーの精子提供の話が続くと、会話が作り物っぽくなる。

事務員が給料小切手を送り間違えることはあり得るが、事務所でマギーとジョンが偶然居合わせるのは話が出来すぎている。

マギーとジョンの再会も虫がよすぎる。もしこの出会いが単なる偶然ではないというのなら、それをきちんと読み取れるようにする必要があった。

ケベックでの吹雪も恣意的である。この吹雪がなければ本作の終盤は大きく変わってしまうが、大切な終盤の展開を安易な偶然に託してもよかったのだろうか。

こうした出来事のうちどれか1つくらいならば、観客も許容できるかもしれない。しかし偶然に偶然を重ねると、そのどれもがこの上なく嘘っぽいものに感じられてしまう。

結末もマギーにとって都合が良すぎないか。ただマギーがもう少しまともな人物だったなら、観客が受ける印象は大きく違っただろう。

デンマークなどの北欧諸国では家の中で靴を脱ぐ習慣があるようだ。しかしアメリカの借家で靴を脱ぐのは得策でないと思う。まず歴代の住人たちは散々土足で歩き回っているから、その汚れを一掃するのはほぼ不可能だ。掃除をすれば一見きれいにはなるが、実際はかなり汚れている。また業者や友人は土足で家に入ってきてしまうから、毎回のように玄関先で事情を説明しなくてはならない。だから床の浄化は諦めて、室内ではスリッパを履くことをおすすめする。

私が観にいったのは2日目の午前だったが、小スクリーンにそこそこ人は入っていた。最近、大手シネコンで西洋ドラマの上映が少なかったためかもしれない。しかし本作の出来では洋画ファンもがっかりだろう。

本作は登場人物に魅力がなく、話の展開も子供だましである。エコノミークラスでの移動中に流しておくならともかく、わざわざ映画館に出向いて観るような作品ではない。

監督 レベッカ・ミラー  出演 グレタ・ガーウィグ、イーサン・ホーク、ジュリアン・ムーア、ビル・ヘイダー、マーヤ・ルドルフ、トラビス・フィメル、ウォーレス・ショーン、ほか

1時間39分

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