「マリアンヌ」は最近のハリウッド映画とは一線を画すが、脚本が十分に練られているとは言い難い。
1942年、フランス領モロッコ。カナダ空軍の諜報員であるマックス・ヴァタン(=ブラッド・ピット)はパラシュートで砂漠に降り立つ。
砂漠を越えたマックスが平坦な荒野を歩いていると、向こうから車が走ってくる。マックスは一旦警戒するが、それは味方の使いであった。車はマックスを後部座席に乗せ、元来た道を引き返す。
マックスの傍らにはトランクが置かれており、それを開くと自分用に作られた各国の偽造パスポートと銃器が入っていた。モロッコ人の運転手は、お前の妻は紫のドレスを着ている、ハチドリが目印だ、と言ってマックスに指輪を渡す。
カサブランカに到着すると、マックスは小洒落たクラブに入り辺りを見回す。すると、鮮やかなハチドリが描かれたサテンのショールが目に入る。ショールは椅子の背もたれに掛かっていて、椅子には紫のドレスを着た女性(=マリオン・コティヤール)が座っていた。
女性は同席者たちに、話していた自分の夫だ、とマックスを紹介する。2人は会話もそこそこに店を後にすると、車で女性のアパートへと向かう。
彼女の名前はマリアンヌ・ボーセジュールといい、マリアンヌはドイツ人大使暗殺計画におけるマックスのパートナーであった。
ネタバレなしの感想
本作は古風な作りの映画で、どこか「カサブランカ」の趣がある。マックスとマリアンヌは工作員ではあるが、彼らの描き方は現実的で地に足が付いている。また本作の大部分はマックスとマリアンヌのやりとりによって占められ、それ以外の登場人物はあくまで補助的な役割しか与えられていない。
前半はまずまずの出来だった。多少のアクションシーンはあるのだが、大爆発が起こったりガラスに突っ込んだりすることはないし、カーチェイスも発生しない。このあたりは「Mr.&Mrs. スミス」とは大違いである。カサブランカでの場面は若干間延びしているけれど、観客が置いて行かれることはないだろう。
中盤になるとマリアンヌの2重スパイ疑惑が持ち上がる。すると急に空気が引き締まり、退屈だった本作もいよいよ本題へと入っていく。
……はずだったが、脚本家はこの後の展開をあらかじめ考えていなかったようだ。計画性が足りなくとも、締め切りに追われてがむしゃらに書いた結果、良い作品が生まれることもある。ただ残念なことに、本作はそうならなかった。本作の後半を観ると、脚本家の苦しむ様子がありありと目に浮かぶ。
もしこれが典型的なハリウッド映画であれば、マックスはすぐに嫌疑がかかっていることをマリアンヌに知らせるだろう。その後はマリアンヌを逃がすか、2人で逃亡を図る。こうすれば物語に動きが出るし、緊張感も持続する。運が良ければ多少のアクションも使えるかもしれない。ただこうすると「スリーデイズ(「すべて彼女のために」のリメイク)」のような娯楽作品にはなろうが、人間の内面を表現するドラマにはなりにくい。
本作がこうした方向に行かなかったことは良かった。ただし問題は、本作では最初からマックスとマリアンヌが孤立してしまっていることである。マックスたちには倒すべき敵ボスもいなければ、頼りになる友人もいない。そんな中、もし本作が上に書いたような逃亡劇に向かわないとすれば、自宅でマリアンヌと暮らすマックスがたった1人で悩みを抱え込むしかなくなる。こうして必然的に、本作は袋小路に迷い込んでしまった。
自宅でのパーティーはいかにも取って付けたようである。これでは脚本家が自ら、ネタがなくて困った、と白状しているようなものだ。それに、本作はマックスとマリアンヌ以外の人物を表面的にしか取り扱っていないから、彼らを集めても大して中身のある会話はできない。
フランスへの飛行も同様である。特に、フランスへ行った後の展開は馬鹿げていた。せっかくハリウッド的な展開を避けていたのに、途中で元に戻ってしまえば努力も水の泡だ。
元々マックスは感じたことをすぐ顔に出してしまう性分である。ただそれにしても、マリアンヌに疑惑が掛けられてからのブラッド・ピットの演技は大げさだと思う。マックスとて一応は諜報員なのだから、最低限の振る舞い方は心得ているのではないか。
またピットは53歳(2017年2月10日現在)ということで上官の役ならば違和感なく溶け込めただろうが、若き将校を演じるにはかなりの無理があった。脚本の力不足を補おうとしたのかもしれないが、登場人物と役者の年齢が離れすぎると違和感が生じてしまう。
本作は結末も今一つである。ただこのようになってしまうことは、あらかじめ予見されていた。
私が観たのは初日の午前だったが、中スクリーンにまずまず人が入っていた。本作はいかにも大スクリーンで上映されそうな映画だけれど、シネコン経営者の読み通り、中スクリーンで十分であった。
本作には工夫の意図が見られるものの、後半はずいぶんと苦しい。一般には薦められないが、興味のある人は軽い気持ちで観にいってはどうだろう。
監督 ロバート・ゼメキス 出演 ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール、ジャレッド・ハリス、マシュー・グード、リジー・キャプラン、アントン・レッサー、アウグスト・ディール、カミーユ・コタン、シャーロット・ホープ、マリオン・ベイリー、サイモン・マクバーニー、ダニエル・ベッツ、ティエリー・フレモン、ほか
2時間4分