傷物語〈Ⅲ冷血篇 〉 80点

「傷物語〈Ⅲ冷血篇 〉」は、「傷物語〈Ⅰ鉄血篇 〉」「傷物語〈Ⅱ熱血篇 〉」に続くシリーズ完結編である。前2作に比べて改善が見られ、特にドラマ性は大幅に向上した。

廃校となった塾の廊下で、阿良々木暦(=神谷浩史)窓際の、忍野メメ(=櫻井孝宏)は教室側のベンチに座り、向かい合って話をしている。

忍野は、自分の傍らのスポーツバッグにキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード(=坂本真綾)の両腕が入っている、と言う。前回の戦いで阿良々木がギロチンカッター(=大塚芳忠)を破ったため、ギロチンカッターが約束通り返してくれたのだ。

阿良々木は、一度も戦闘経験のない自分が、ドラマツルギー(=江原正士)、エピソード(=入野自由)、ギロチンカッターの3人をいとも簡単に倒せたのはなぜか、と問いかける。それは阿良々木がハートアンダーブレードの眷属(けんぞく)だからだ、と忍野は答える。

阿良々木は、眷属の自分がそれほど強いなら、ドラマツルギーたちが束になってもキスショットにはかなわないはずだ、なのにどうしてキスショットは彼らに四肢を奪われてしまったのか、と疑問を募らせる。すると忍野は、もしハートアンダーブレードがフルパワーでなかったとしたら?、と言ってにやりと笑い、胸ポケットから真っ赤な脈打つ心臓を取り出す。

阿良々木は唖然としながら心臓を受け取る。忍野によれば、それは忍野が抜いたハートアンダーブレードの心臓であり、阿良々木は本来ならば、この心臓をかけて忍野と戦うはずだった。しかし今回は忍野の仕事が失敗という形で終わったため、その必要はなくなったらしい。

忍野は立ち去り際に、阿良々木君、お腹空かない?、と何気なく尋ねた。

ネタバレなしの感想

本シリーズの第1作はかなり説明的であり、第2作は戦闘以外の内容がなかった。だが驚くべきことに、本作は一転して、見応えのある重厚なドラマに仕上がった。

また第2作に比べれば、本作は一見の客でもある程度取っつきやすい。まとまった復習が行われないのは相変わらずだが、中身のある会話が著しく増え、そのところどころに回想が織り込まれた。また第2作とは違って本作にはきちんとした話の筋があるから、観客は前2作の流れを想像しやすくなった。

阿良々木と羽川翼(=堀江由衣)のやりとりも悪くない。それは第2作同様に若干冗長だが、ある理由によって独特の緊張感に包まれている。また2人が話し込むのは一度きりだ。冗談も後の展開に絡められたまずまずのもので、観客はようやくパンツのネタから解放される。そして何よりも、2人の対話は本シリーズで初めて意味のあるものとなった。

「傷物語」は不思議な映画で、なぜか東京の都心に歩行者が見当たらない。特に、地下鉄の駅が無人(第1作)、あるいは、阿良々木たちが街中で大暴れしても誰も顔を出さない(第2作)、といったあたりは、作家にとって都合の良い話である。本作でもこの現象は続いているけれど、幸運なことに、人気の多い場所はさほど出てこない。例えば、本作中の戦闘はわずか1回で、その舞台は競技場だ。照明をどうやって点けたのかは疑問だが、深夜の競技場に人がいないことは納得できる。

また皮肉なことに、阿良々木とドラマツルギーたちの戦闘シーンがなかったことによって、本作の価値は大きく高まった。エピソードは小さい子供向けのキャラクターのようだし、第2作における阿良々木と彼らの戦いはかなり粗雑だった。これは阿良々木が強いとか弱いとか、それ以前の問題である。

しかしなんといっても本作最大の見所は、キスショットを巡る人間ドラマだ。たしかに吸血鬼の性質に関する設定は多分に人工的だし、阿良々木の言動は一貫性に欠ける。しかしながら、貧弱な前2作にこれほどまともな話が続こうとは、夢にも思わなかった。言うなれば、第1走者が私の犬で、第2走者が私、そして第3走者がボルト、といった趣だ。観客が途中で席を立ったとするなら、それは第1,第2走者の責任であろう。

忍野がどのようにしてキスショットの心臓を盗んだかは本シリーズ中で説明されない。この点は少し残念だが、そもそもまともな答えはありそうもないから、省略して賢明だったかもしれない。

なお、エンディングテーマの「étoile et toi」は英語で「star and you」という意味らしい。第2作で耳にしたときは何とも思わなかったのだが、今回ははっとした。この曲を聴いていると、「干支は?干支は?」と聞こえるのだ。きっと制作者はシリーズ完結編の本作をわざわざ正月公開に合わせて作ったに違いない。さすがにフランス語を使うだけあって、やることが洒落ている。(というのは冗談のつもりだが、本当だったらすごい)

「傷物語」は3部に分けず1本の映画にするべきだった。第1作と第2作は単独の劇場版作品としては物足りない上に、だらだらとした記述も多い。だから3作品を1つにまとめて2時間少々に絞れば、ちょうどよかったのではないだろうか。またそうすれば、一見さんの問題も生じなかった。でも制作者は「傷物語」を3分割したのだから、第2作と第3作の冒頭に復習的な説明を入れる必要があった。映画の3部作をテレビアニメの要領で作ると、内容を理解できない観客が大量に出てしまう。

私は本作を初日の午前中に観たのだが、客の入りは比較的少なかった。前作の内容が厳しかったから、脱落者もいたかもしれない。ただ本作はもっと多くの人に観られてよいと思う。

本作は一見客がすべて理解できるものではないが、それでも十分楽しめる。前2作で痛い目に遭った人も、懲りずにまた映画館へ行ってみてはどうだろうか。

原作 西尾維新『傷物語』  総監督 新房昭之  声 神谷浩史、坂本真綾、堀江由衣、櫻井孝宏、入野自由、江原正士、大塚芳忠

1時間23分

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