傷物語〈Ⅰ鉄血篇 〉 60点

「傷物語〈Ⅰ鉄血篇 〉」は、「傷物語〈Ⅱ熱血篇 〉」「傷物語〈Ⅲ冷血篇 〉」の先駆けとなるシリーズ第1作である。説明は丁寧でドラマ的要素もあるが、単一の作品としては少々物足りない。

阿良々木暦(=神谷浩史)はひどく落ち着かない様子でエレベーターから出てくる。そこは大木を囲むようにして建てられた巨大な建造物の上層階で、人の気配は全くない。阿良々木は辺りをキョロキョロと見回しながらさまよい歩き、突然、不安に駆られたように走り出す。

阿良々木は大きく息を切らしながら、狭くて暗い螺旋階段を上へ上へと上る。するとその先に扉があって、隙間から光が差し込んでいた。阿良々木は大粒の汗を流し、激しく呼吸しながら手を膝について立ち止まる。

意を決して扉を開けると、そこは屋上だった。空は曇っており大量のカラスが木に留まっていた。

阿良々木は外にある非常用の螺旋階段を下りて、カラスで埋め尽くされた別の屋上へとたどり着く。

カラスをかき分けるようにして進み、屋上の中央付近に来たとき、突然、空が晴れて太陽が姿を現す。阿良々木がその光を浴びると、手が燃えはじめ、次いで全身が炎に包まれる。阿良々木は苦しんで走り回り、屋上から転落する。

ネタバレなしの感想

本作はそのほとんどを吸血鬼の世界や登場人物に関する説明に費やした。こうした作りにすることは本作が2時間映画の最初の45分ならば何の問題もないだろうが、単独の劇場版作品としては疑問が残る。

冒頭の描写はかなり大げさだ。後にわかることだが、このとき阿良々木は特段追い詰められておらず、体調が悪いわけでもなかった。建物の上へ上がることは後の演出上不可欠だけれど、螺旋階段を使ったのはやりすぎである。阿良々木は状況を確認しようとしているだけだから、暗所にある急で長い螺旋階段を一心不乱に上るはずはない。

続く阿良々木と羽川翼(=堀江由衣)の対話は緩慢であり、内容もやや薄い。小説ならこのように書いても良いと思うが、本作はごく短い作品だから無駄する時間はないはずだ。

阿良々木の家は現実感がなさ過ぎる。もちろん映画は作り物だが、何でもありにしてしまうとつまらない。もう少し頑張って現実との折り合いをつけてほしかった。

地下鉄の駅や廃校になった塾における阿良々木とキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード(=坂本真綾)のやりとりは、緊張感あふれる劇的なものだ。ほかにドラマらしいドラマがないのは残念だが、これらの場面を観るだけでも元は十分に取れるだろう。

阿良々木とキスショットの出会いを印象的なものとするには、血だらけのキスショットが効果的に映る必要があった。ただ東京に雪でも降らない限り、場所としては白くて広い室内空間がせいぜいだろう。その候補としては、地下鉄の駅、美術館、図書館、百貨店、大学、あるいは病院などが考えられる。

しかし困ったことに、こういった施設は閉まって消灯しているか、誰かしら人がいるかのどちらかだ。でも入り口が閉じて電気が消えていてはそもそも舞台になり得ないし、さらに話の都合上、阿良々木とキスショットの間に邪魔が入っては困る。

この対処法としては、阿良々木を施設の関係者にするか、あるいは「0:34 レイジ34フン」のような反則技を使うくらいしか私には思いつかない。

しかし原作者は、営業中の地下鉄の駅を無人にする、という最も直接的な手法を用いた。この場合、言い訳をする(例えば、阿良々木が美術館で働く様子を描く)時間が省けて話が簡潔になる一方で、現実感は皆無になる。特に地下鉄の駅はもっぱら混雑しているため、本作を観て感じる違和感は相当なものだ。また地下鉄の駅を無人にするのなら、統一性の観点から、町全体も無人とする必要が出てくる。

このように原作者のやり方には利点と難点の両方があり、一概に良いとも悪いとも言えない。ただ町全体が無人になることのデメリットは、次作以降にも重くのしかかってくる。

ドラマツルギー(=江原正士)、エピソード(=入野自由)、ギロチンカッター(=大塚芳忠)の登場場面は即席の人物紹介といった趣だ。また位置的に考えて、彼らの話し声がこもって聞こえないのはおかしい。ただそれにしても、彼らはどうしてキスショットの四肢だけを奪ったのだろうか。キスショットを生かしておけば、やがて報復されることは目に見えているはずだ。しかし残念なことに、「傷物語」シリーズにおいてはこの点に関する合理的な説明は行われない。

忍野の存在も都合が良すぎる。忍野は自称人間だが、身のこなしからしてとても人間とは思えない。その上、忍野は結界まで張ることができる。これでは万能すぎて吸血鬼をも超えているのではないか。キスショットが、ドラマツルギーたちとどう交渉するのか、と尋ねると、忍野は、詳しくは企業秘密だけど、フィールドはぼくが整えてあげよう、と答える。こうして簡単にドラマツルギーたちがバラされてしまうのも、観客が腑に落ちないところだ。

本作はきわめて人工的な上、1本の映画としては不完全である。ただし物語には面白いところもあるから、鑑賞しても損はないと思う。

原作 西尾維新『傷物語』  総監督 新房昭之  声 神谷浩史、坂本真綾、堀江由衣、櫻井孝宏、入野自由、江原正士、大塚芳忠

1時間3分

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