疾風ロンド 85点

「疾風ロンド」は優れた娯楽作品で、結末に至るまで観客を退屈させない。

シューマンによる幻想小曲集の「飛翔」が流れる中、葛原(=戸次重幸)はゲレンデを滑り降りる。コース外に出て木をよけながら滑り続け、1本の木の前で止まる。そこで穴を掘ると、プラスチックの円筒を埋め込み、その中に何かが入った瓶を置く。続いて穴を埋め、木に釘を打ち付けてテディベアを吊す。そして受信機を手に持ち、それが反応することを確かめると、さあ、ゲームの始まりだ、と宣言する。

スーツ姿の栗林和幸(=阿部寛)は出勤するため家を出ようとするが、上がり口で足を滑らせ転倒する。痛む背中をさすりながら、ここでワックスを使ったらちゃんと拭いておけって言っただろ、と息子の秀人(=濱田龍臣)に言いつける。ちゃんと拭いた、と秀人はそっけなく答えるが、和幸は、拭いたんじゃなくて延ばしただけだろ、と腹を立てながらぶつぶつ言う。

そうしているうちに秀人の同級生が玄関先にやってきて、2人は学校へと出かけてゆく。道すがら同級生は、親父さんって何やってるの、と秀人に尋ねる。それに対し秀人は、研究所に勤めてて、中間管理職のようなことをやってるみたい、と答える。

研究室に着いた和幸は、重要なものがなくなっていることに気付き、大慌てで所長の東郷(=柄本明)の元へ走る。報告を受けた東鄕は、やっぱりそうか、と言って、葛原から送られてきた資料を和幸に見せる。

葛原はこの研究所でワクチンの研究をしていたが、その道から外れ、どんなワクチンも効かない究極の炭疽菌、K-55を生み出した。東鄕はその行動を危険視して葛原を解雇したが、葛原はその腹いせにK-55を盗みだし、ゲームを仕掛けたのだ。

K-55の入ったガラスの瓶はエボナイトで蓋がしてあり、10℃を越えると破裂するように計算されている。3億円を支払えば瓶のありかを教えるという。また埋めた場所を示す手がかりとして、木に吊されたテディベアの写った写真が添えられていた。

ネタバレなしの感想

私はこれまで「変身」、「容疑者Xの献身」、「天空の蜂」の3作品を観たが、これらはいずれも後半が今一つだった。そうなってしまう原因の大半は、選んだ主題の性質による。だから私は、東野圭吾は主題を選ぶのが下手で、結果、後半が上手く書けない作家だと思っていた。

しかし本作は素晴らしい。久しぶりにプロの作家による仕事を観た気がする。

まず、東野は主題の選択に成功した。上記3作品の場合、主題は作家の手足を縛るようなものであり、あらかじめ結末へと続く線路が敷かれている感があった。しかし本作については、主題は地味なものの、その下では話を柔軟に進めることが可能だ。

さらに東野は、その好条件を存分に活用した。話は小気味よく進行し、次から次へと新しい展開が訪れる。しかもその流れは予定調和的なものではないから、観客は最後まで飽きることなく本作を楽しむことが出来る。

あれ…この雰囲気は……サラリーマンNEO?でも生瀬勝久がいない…。

本作を観はじめて、誰もがそう思ったに違いない。そう、本作はゲレンデを舞台にした劇場版サラリーマンNEOである。

東野圭吾原作にしては深みがないとか、ミステリーなのに現実感や緊張感がない、といった批判があるようだが、それは正当でない。そもそも本作はミステリー風の喜劇であるから、喜劇としての質こそが評価の対象となるべきなのだ。

その生瀬勝久だが、本作の最後できちんと登場するから心配ない。その瞬間はスクリーンで笑いが起こった。ジクソーパズルの最後のピースがはまったのだ。まさか監督までもがミステリーを仕掛けてくるとは。

東野が葛原に天才を自称させたのには理由がある。もしも葛原が気弱な研究者だったならば、東鄕たちにゲームを仕掛けるのは不自然であろう。その場合はもっと直接的な要求になるはずだ。

かっこう、という食堂の名前もよく考えられていた。適当に名付けたのかと思ったが、そうでもないのかもしれない。

阿部寛の脇を固める俳優たちの多くは熟練のやり手である。ただ、子役を演じた濱田龍臣と望月歩の演技はもう一歩だった。彼らが担当したのは本作にしては珍しい「まじめな」役であった。しかし彼らの演技は少し大げさだったり、わざとらしかったりした。もっと自然に演じればよいだろう。

本作は喜劇ではあるが、K-55の扱いはさすがにぞんざいすぎる。

何万人も殺す力のある生物兵器を、あのような薄手のガラス瓶に入れておいて大丈夫だろうか。蓋をしっかりと閉めたとしても、多少は外に漏れ出るだろう。だから通常は特殊な容器で何重にも覆うのではないか。仮に埋められたのが本物のK-55ではなかったとしても、和幸たちはそのことを知らないのだ。

また、瓶は気温が10℃を越えると割れることになっている。それを冷却装置の付いていない箱に入れてしまっては、温度が上がって危険であろう。それに、瓶をポケットに入れても大丈夫だったのだろうか。

エンドクレジッツが流れる際は、B’zによる「フキアレナサイ」を聴くことが出来る。この歌はきちんとエンドクレジッツと同時に終わるから、鑑賞後の後味がよい。「now」という言葉は、まったりと発音すれば女子高生によるツイートのようだ。例えば、「高田馬場なう」といった感じである。ただ、「タ・カ・ダ・ノ・バ・バッ、ナァーゥ!!!」と思いっきり叫べば、B’z風でかっこよくなるのかもしれない。

本作は突っ込みどころもあるが、非常によく出来た喜劇である。映画館に観にいって損はないだろう。

原作 東野圭吾『疾風ロンド』  監督 吉田照幸  出演 阿部寛、大倉忠義、大島優子、ムロツヨシ、堀内敬子、濱田龍臣、ほか

1時間49分

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