溺れるナイフ 70点

「溺れるナイフ」は比較的自然で優れた作品である。

中学生の夏芽(=小松菜奈)は東京でファッションモデルをしている。ある日、父親は祖父が経営する旅館を継ぐことを勝手に決め、一家で旅館のある田舎町、浮雲町へと移り住む。東京での生活に慣れ親しんだ夏芽は、田舎への移住が気に入らない。

大勢が集まった歓迎の席で、夏芽はふてくされた顔をしている。やがてたまらなくなり、1人でそこを抜け出す。海の方へやってくると、立ち入り禁止の札が貼られ、チェーンでふさがれた林道があった。夏芽は少しためらいながらも、その脇を通って中へと入り込む。その道は鳥居の立った磯へと続いていた。夏芽は磯をぼんやり歩く。すると、海の中からずぶ濡れの金髪少年(=菅田将暉)がいきなり現れ、夏芽の前に飛び出る。夏芽は驚いてしゃがみ込む。

ネタバレなしの感想

本作は自然な展開が多いため、文句が付けにくい。たしかに、なぜ少年は金髪なのか、なぜ服を着たまま海に入っているのか、冒頭からいろいろと突っ込みどころはある。しかし本作には、ほかの作品でよく目にする、あからさまなご都合主義や出来すぎた展開がさほど見当たらない。だからいらいらせずに最後まで観ることができ、それだけでも本作の価値は高いといえる。

例えば、夏芽と航一朗(=菅田将暉)が偶然出会う場面が何度かあるけれど、これらはほかの出来事との組合せでは描かれていない。そのため作為性がさほど感じられず、受け入れやすいのだ。もし夏芽が傘を忘れて、びしょ濡れで歩いているところに航一朗が現れたとしよう。するとこの出会いはたちまち嘘っぽくなる。このように、本作は二つのことをいっぺんに描くような手抜きをせず、一つのことを描いてから、もう一つことに移る。これは話を自然に見せるうえで基本的なことだが、出来ている作品は意外に少ない。

意味不明な人物が出てこないところも好印象だ。ほかの作品では、浮気性の人物を使って話を展開させたり、不倫ばかりしていた者がいきなり良い人になったりと、登場人物たちの言動に作者の都合がにじみ出ていることがある。本作は不安定であるにもかかわらず、登場人物たちの振る舞いは常識の範囲内に収まっており、そういった意味でも自然である。

俳優たちも好演した。特に、主要な役を務めた若者たちの演技は一定の水準を満たし、安心して見ていられる。こうして役者たちの粒がそろうことも珍しい。

ただし、本作には二つほど大きな欠点がある。

一つは、中盤以降の展開が、ある大きな事件に依存していることだ。この手法は極端でありながら映画の中では頻繁に用いられる。だからそれを見ると、いかにも映画、という感じで安っぽく、既視感もぬぐえない。

加えて、事件の描写が非常に稚拙だ。この映画は脚本が良いのだから、本気で撮るべきだった。この事件の場面では、まあそのへんでやめておきましょう、所詮映画なんですから、というような中途半端な姿勢が垣間見える。これはたった一つのことのように思えるが、細部がきちんと描けていないと、作品全体がたちまち嘘っぽくなる。徹底的に高い完成度を追求して、歴史に名を残そう、という気概を見せてほしかった。

もう一つは、後半に大きな蛇足があることだ。同じような事件ばかり持ち出しては芸がない。そういった人為的な手法を用いて突破口を開くのではなく、もっと登場人物たちの気持ちに寄り添うべきだった。ここまで、耐えて、耐えて、素晴らしい作品にしてきたのに、どうして最後の最後で我慢が出来なくなってしまったのだろう。それに、この事件はその後の展開に大きな影響を与えないから、これなしでも話は続けられたのだ。

また、その流れがあまりに都合良く、わざとらしい。1度ならば大目に見られることもあろうが、似たようなことを何度も繰り返されては見逃せない。

ネタを事前に仕込むのはよくあることだ。しかし、その仕込みが不自然になってはいけない。観客は、映画だからしょうがないよね、と右から左へ流すことはない。むしろ、いかにも作りました、って感じで不自然だなあ、とため息をつくだろう。

後半の細かいところだが、祭りにおける航一朗の踊りには全く現実感がない。それは芸能人のプロモーションビデオのようで、とても伝統行事の一幕とは思えなかった。

結末は大げさでもわざとらしくもなく、かなり自然なものだ。また単純でもないから、結局そうなるのね、と観客に先回りされることもないだろう。加えて、それは締めの役割をきっちりと果たしているから、観客も納得できるにちがいない。

ただし、エンドクレジッツが流れる際の音楽は本作の雰囲気に合っていない。もう少し慎重に選んだ方がよかっただろう。

本作はいくつか深刻な問題を抱えているものの、全体の自然な流れがその欠点を補う。映画館に観にいってもよいと思う。

原作 ジョージ朝倉『溺れるナイフ』  監督 山戸結希  出演 小松菜奈、菅田将暉、重岡大毅、上白石萌音、志摩遼平、ほか

1時間51分

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