「新宿スワンⅡ」は「新宿スワン」の続編である。脚本が粗末な上、話にまるで緊張感がない。ちなみに、本作を観る上で前作の知識は不要だ。
白鳥龍彦(=綾野剛)の仕事場は歌舞伎町一番街の路上である。南秀吉(=山田孝之)が銃殺されてから1年が経ち、スカウト会社バーストの顔ぶれもだいぶ変わった。龍彦とゆかりが深かった洋介(=久保田悠来)をはじめとして、多くの者がバーストを去った。
龍彦は町ゆく女性グループに頼み込み、立ち止まって話を聞いてもらう。そして彼女たちと楽しそうに仕事の話をする。
小沢マユミ(=広瀬アリス)はそんな龍彦を見ていた。そこへ垢抜けないスカウトの男がやってきて、仕事を探していないか、とマユミに声をかける。マユミは、探していないわけではないが、あの人に頼む、と言って龍彦の方を見つめる。男はなんとかマユミを口説こうとするが、マユミは受け付けない。
2人がもめている様子に気付いた龍彦は、やってきて状況を尋ねる。マユミが龍彦に仕事の紹介を頼むと、龍彦は快く受け入れる。
龍彦とマユミはビルの2階にある洋食屋へやってきた。マユミが水商売をするのは今回が初めてで、200万円ある借金を働いて返したいという。龍彦は、ちゃんとした店を紹介する、頑張って働けば幸せになれる、と言ってマユミの不安を取り除く。
そこへ突然バーストの同僚がやってくる。通りでスカウト同士が小競り合いを起こしているらしい。それを聞いた龍彦は、ここに連絡するように、と言ってマユミに高級クラブ「ムーランルージュ」の名刺を渡し、足早に店を後にする。
ネタバレなしの感想
「新宿スワン」における「スワン」の意味や由来ははっきりしないが、「swan」を「リーダーズ英和辞典 第2版」で引いてみると、①「際立って美しい[優雅な,純粋な]人[もの]」、②「あてもなく[無断で]さまよう,ぶらつく<about, around, off>」、③「悠々と泳ぐ[進む]」等の記述がある。②と③は動詞だが、いずれにしても「スワン」は「ぶらぶら」、あるいは「悠々」とした印象を持たれているらしい。龍彦は「悠々」とはしていないと思うが、たしかに「ぶらぶら」はしている。また①が龍彦に当てはまるかは微妙なところだが、ほかの登場人物よりは①に近いだろう。こうした意味を参考に原作者は主人公を「白鳥(しらとり)」龍(=立つ?)彦と名付けて、作品名を「新宿スワン」としたのかもしれない。
PG12指定を受けた前作は所々に性的あるいは暴力的な描写が見られ、そのおかげで前半は一定の緊張感があった。しかしG指定の本作には過激な表現がほとんど含まれず、スカウトたちも急に良い人になったようだ。こうして「新宿スワン」はヤクザ映画からファミリー向け映画へと大きく様変わりした。
龍彦が通りへ出ると、同僚たちが渋谷を拠点とするパラサイツのスカウトたちと争っていた。パラサイツの幹部、森長千里(=上地雄輔)は過去の借りを返すべく龍彦に喧嘩を仕掛ける。すると両陣営入り乱れての大乱闘となり、興奮した1人が大型看板によじ登って道側に倒壊させてしまう。龍彦たちは駆けつけた警察官にこっぴどく注意されるが、龍彦は千里と肩を組み、自分たちは友達だ、と言い訳をする。
この一件で龍彦はバーストの事務所に呼び出される。その場には社長の山城神(=豊原功補)、幹部の真虎(=伊勢谷友介)、関玄介(=深水元基)、葉山豊(=金子ノブアキ)、時正(=村上淳)らが顔をそろえた。山城は、パラサイツとは手打ちをしたのだからもめ事は起こさないように、と龍彦を注意する。そして話はバーストの経営状況に及ぶ。前作においてバーストは歌舞伎町を拠点とするスカウト会社、ハーレムを傘下に収めたが、そのことで社員の数が増えて経営を圧迫していた。葉山が、スカウトを切るか、と言うと、真虎が異を唱える。そこで、シマを広げるしかない、という結論になり、横浜への勢力拡大が提案される。しかし横浜は滝マサキ(=浅野忠信)が経営するウィザードの縄張りだ。山城は滝との衝突に乗り気ではなかったが、全日本酒販連合会(=全酒連)が横浜に大型の2店舗を出店予定、などと説得され、龍彦らを横浜の路上へ送り込む。
上の議論が理解できるだろうか。そもそも山城はシマを広げようなどとは考えてもいなかったのだが、拡大案が出てからわずか数分後、横浜への進出が決まってしまう。こんなことは普通の企業でもあり得ないと思うが、ましてやバーストやウィザードはケツ持ちとの関係があり、判断を一歩間違えれば命の危険すらある。だからいくらなんでも、この筋書きは短絡的すぎないか。
おまけに、山城はウィザードのケツ持ちである宝来会には出向かず、いきなり龍彦たちにウィザードの領域を荒らさせる。しかしバーストは新宿で紋舞会にケツを持ってもらっている身だから、暴力団の力は重々承知しているはずだ。こうした事情からすれば、山城たちのとった行動は不合理であろう。
そもそも、経営が厳しければリストラすれば済む話だ。冒頭の説明によると、バーストは頻繁に人が入れ替わっている。だからもしスカウトの数を減らしたいのなら、退職者が出たときに補充しなければよい。どうしてそんなことも検討せず横浜のヤクザに喧嘩を売るような真似をするのか。
山城の軽率な判断は中盤でも見られる。本作の山城はちょっとした不思議キャラだ。
龍彦たちの喧嘩も現実味がない。今はヤクザも厄介事を極力避け、何かあれば警察に被害届を出すような時代だ。なのに龍彦たちは、他社のスカウトと顔を合わせれば所構わず殴り合いを始める。こうして龍彦たちは毎回のように一般人や周囲の店に迷惑をかけてしまう。また喧嘩の内容としても、平然と金属バットが使われたり、人が一瞬で吊されたりと、理解に苦しむ描写が多い。
パラサイツの千里を龍彦たちの仲間に加える際は、もう少し工夫が必要だった。本作のやり方はあまりにも直接的で、取って付けたような印象を受ける。
全酒連会長の住友宏樹(=椎名桔平)はクイーンコンテストの開催と日取りをノリで即決してしまう。しかもコンテストの勝者には賞金1000万円を出すらしい。この発案から決定までわずか数十秒だ。全酒連の会長は独裁者なのだろうか。
横浜の海沿いにある一区画に女性とスカウトが集結するのもおかしい。それにバーストはあの区画を縄張りとしているわけではないのだから、もっと手分けして繁華街などを探すことができたはずだ。
コンテストにおけるウィザード幹部、ハマネン(=中野裕太)の対応は非常に不可思議だった。そうすることによってウィザードには何の得もない。そもそも重要な決定事項ともなれば、社長の滝に電話で確認するのが筋ではないだろうか。
また本作は最初から最後まで偶然に頼りすぎた。別々に描くべき場面を人工的に結合するようでは、まともな作品には仕上がらない。
本作の脚本は欠陥が多すぎて、私は話の世界に入り込めなかった。そのため数千万円の札束に命をかけるふりをする映画スターたちの姿が、何とも嘘っぽく感じられた。実際、売れっ子の彼らにとっては数千万円などはした金である。観客にそれを忘れさせるには、それなりの脚本が必要だった。
制作者は龍彦を人情家として描きたかったが、前作のヒロイン、アゲハ(=沢尻エリカ)を登場させたくはなかったようだ。そこで龍彦がアゲハのことを思い出す場面を挿入することで問題を解決しようとしたが、当然のことながらこれは上手くいっていない。もし龍彦が本当にアゲハのことを気にかけているのなら、刑務所へ面会に行ったはずだ。
私が観にいったのは初日の午前中だったが、大スクリーンにはさほど人が入っていなかった。本作の完成度ではそれも仕方あるまい。
本作は脚本が拙く、不出来であった前作の水準をさらに下回る。よほどのことがない限り、映画館で観る必要はないだろう。
原作 和久井健『新宿スワン』 監督 園子温 出演 綾野剛、浅野忠信、伊勢谷友介、深水元基、金子ノブアキ、村上淳、久保田悠来、上地雄輔、広瀬アリス、高橋メアリージュン、桐山漣、中野裕太、中野英雄、笹野高史、要潤、神尾佑、山田優、豊原功補、吉田鋼太郎、椎名桔平、ほか
2時間13分