サバイバルファミリー 30点

「サバイバルファミリー」は発想は面白かったけれど、脚本の出来は惨憺たるものだ。

鈴木義之(=小日向文世)は東京都内の会社で部長を務めているが、人望はさほど厚くない。

夕方、帰宅した義之は居間のソファに座り、テレビを見ながらカツラを外す。

他方、妻の光恵(=深津絵里)はまな板の上に置いた大きな魚の扱いに困っている。鹿児島に住む実父の佐々木重臣(=榎本明)は釣った魚や自家製の野菜をたびたび送ってくるのだが、光恵は魚の捌き方などわからないのだ。

そこへ娘の結衣(=葵わかな)が高校から帰宅し、大きな魚に強い拒否反応を示す。結衣はLINEに熱中する一方で、重臣との電話には出たがらない。

光恵は魚を諦めて冷蔵庫にしまう。そして今度はキャベツを取り出すが、芋虫が付いている、ということで大騒ぎになる。

光恵が総菜をソファの前のテーブルに並べると、義之は家族を待たずに食べはじめる。結衣はソファに座ってつけまつげを外し、夕食に加わる。

そこへヘッドホンをした大学生の息子、賢司(=泉澤祐希)が帰ってきた。賢司はファストフードの袋を手に持っていて、夕食はいらないという。義之は、うちに飯があるのにどうしてそんなものを買ってくるんだ、と馬鹿にしたように言い放つ。

翌日の朝、義之が目を覚ますと時計は3時過ぎを指していた。義之は慌てて飛び起き、家族も起床する。どうやら停電が起こったらしいが、時計だけでなくスマホやラジオなどすべての電子機器が使えない。そうして今が何時かもわからないまま、義之、賢司、結衣の3人は急いで服を着替えて職場や学校へ向かう。

ネタバレなしの感想

本作は、電気の関係する一切のものが使えない、という、まるでゲームのような映画だ。こうした設定は非現実的ではあるけれど、上手く使いこなせればそれなりの成果が期待できる。

だが残念なことに、本作はこの特殊な設定を活かすことはできなかった。

本作ではクレジットカードは使えないし、まとまった額の預金を下ろすこともできない。その上メディアや電気通信も機能していないのだ。

こうした状況では私たちの暮らしは立ちゆかないし、犯罪の増加も深刻になるはずだ。しかし本作中の人々は何食わぬ顔で生活しており緊張感が全く感じられない。各家庭に大量のタンス預金があったとでも言うのだろうか。

小説や映画の世界は現実離れしていてもよいが、一度世界を作ったならその世界なりの現実性を追求しなくてはならない。森にトトロが住んでいること自体は良いのだが、その森で孫悟空とベジータが戦いはじめたらおかしいだろう。

本作の舞台は、電気が使えない、ということを除けば、私たちが住む日本そのものである。したがってそこは、本作が描くような楽園ではあり得ない。

ちなみに本作を最後まで観ればわかるが、この現象は全世界的なものだ。そのため日本が他国の支援を受けて急場を凌ぐことはできず、文化的な生活を取り戻すには相当な時間がかかる。だから、事態は極めて深刻なのだ。

個別の場面をとっても、本作は大いに人為的である。

まず鈴木家が抱えた欠陥の描写がくどすぎた。ここまであからさまにやってしまうと、一家が時と共に生まれ変わっていく様子を印象づけたい、という制作者の意図が観客に伝わってしまう。つまりここで制作者がやっていることは、上島竜兵の「押すなよ!押すなよ!絶対に押すなよ!」と原理的に同じなのだ。ただそもそも、お約束の一発芸と映画とでは求められるものが違うし、本作が予定調和的にハッピーエンディングを迎えたとしても笑いは起きないだろう。

自動ドアのガラスを破って建物の中に入る描写もわざとらしい。自動ドアが旧式だから手動で開けられない、という取って付けたような言い訳では観る人は納得しないと思う。このようにすると緊急時らしさが出ると思ったのかもしれないが、完全に逆効果であった。

鈴木家にとって食料や自転車は命に関わる貴重品のはずだ。しかしそれらの扱いは恐ろしくぞんざいである。命の危機にさらされた人間がどういった行動をとるか、もう少し真面目に考えてほしい。

中盤において、見るからに怪しい自転車集団が登場する。彼らは家族であり、斎藤敏夫(=時任三郎)、静子(=藤原紀香)、涼介(=大野拓朗)、翔平(=志尊淳)という名前が付いているようだ。ただ私は本作を観終えて公式ホームページを開くまで、彼らが家族だとは夢にも思わなかった。またこれらの俳優たちは映画やバラエティー番組などに頻繁に登場する。そんな彼らが中盤でいきなり現れたら、観客はどう感じるだろうか。

ブタのところもおかしい。まず、ブタはどうして死んだのか。本作は都合の悪いことからは目を背けようとするが、いくらなんでも限度がある。また田中善一(=大地康雄)が駆けつけるタイミングも出来過ぎていた。加えて、こんな中途半端なところで大地康雄を投入したことにも疑問を感じる。

鈴木家が川を渡った場面は不思議で仕方なかった。ここまでくると、わざとらしい、を通り越している。それに、発煙筒は水につけても大丈夫なのだろうか。

蒸気機関車のくだりも虫が良すぎる。それにしても、トンネルに入るときに窓を閉め忘れて車内に煙が充満する、などという古典的なネタをよく使えたものだ。上映時間も限られる中、こうやって時間を浪費してもよかったのだろうか。

本作は配役に問題があったものの、鈴木家の4人を演じた俳優たちはかなり健闘した。しかし本作の脚本では、彼らの熱演も焼け石に水である。

私が観たのは2日目の午前だったが、中スクリーンはまずまず客で埋まっていた。でもこれは宣伝の甲斐あってのことだろう。

本作は主題と真摯に向き合わず、話を自然に展開するための努力も怠った。一般に、映画館で観ることは薦めない。

監督 矢口史靖  出演 小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかな、時任三郎、藤原紀香、大野拓朗、志尊淳、宅麻伸、渡辺えり、榎本明、大地康雄、菅原大吉、徳井優、桂雀々、森下能幸、田中要次、有福正志、左時枝、ミッキー・カーチス、ほか

1時間57分

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