「おおかみこどもの雨と雪」は丁寧に作られた自然な作品だが、話は退屈である。
花(=宮崎あおい)は東京の外れにある国立大学の学生だった。授業料は奨学金でまかない、生活費はアルバイトを掛け持ちして工面していた。
初夏のある日、閑散とした大教室で授業を受けていた花は、風変わりな男を目にする。男は襟の伸びたTシャツを着て、教科書も持たずにただひたすらノートをとっていた。花にはその男の姿が、ほかの学生とはまるで違って見えた。
授業が終わると、生徒たちは出席表を教卓の上に提出して前の扉から出ていく。出席表を置いた花がふと見ると、男は教室の後ろの扉から立ち去るところだった。
花は急いで追いかけ、階段を下りていく男に声をかける。出席表、これを出さないと出席じゃなくなります、と言うと、男は、自分はこの大学の学生じゃない、目障りならもう来ない、と答えて行ってしまう。それを聞いた花は寂しそうに立ち尽くす。
花が1階に下りると、建物の入り口の向こうに、去って行く男の後ろ姿が見えた。走っていた子供が転ぶと、男はその子の両脇をつかんで起き上がらせてやる。
花は男を追って走る。やっと校門のところで追いついて声をかけ、さっきの講義は教科書がないと難しいと思います、一緒に見ませんか、と言って、男に教科書を見せる。
ネタバレなしの感想
本作は基本に忠実だ。花たちの生活はじっくりと丁寧に描かれるから、観客はファンタジーの世界に入り込みやすい。また、本作はご都合主義的な偶然には一切頼らなかった。
しかし残念なことに、本作はやや変化に乏しい。私は本作をDVDで観たが、途中で何回か再生を止めてしまった。そして、残りはあと何分なのか、と時間を確認した。
花が大学で見つけた男は実は狼男であった。狼男は自分の意思によって人間と狼のどちらになることもできる。だがそんなことも恋の障害にはならず、2人はやがて結婚する。まもなく2人の間には長女の雪(=大野百花)、次いで長男の雨(=加部亜門)が産まれるが、彼らも狼男の能力を受け継いでいた。
もしこの映画がハリウッドで撮られていたら、雪と雨は政府によって拘束されるに違いない。それで訳のわからない施設に収容されるが、最終的には正義のヒーロー(おそらく政府内部の人間)の手で助け出されるだろう。
その点、本作の筋書きは地に足が付いているから好感が持てる。しかし逆に本作は、雪と雨が狼子供だという特殊な設定を活かしきれていない。なぜなら、本作の本質的な部分は雪と雨が普通の子供でも成立するからだ。言い換えれば、彼らが狼子供であることは本質的な役割を果たしていない。本作は狼子供を前面に出しているのだから、それが装飾品に終わっては少し寂しい気もする。
花は人として完璧だが、それゆえ少々現実感が薄い。謙虚で、思いやりがあり、直感的で、忍耐強く、思慮深い、そんな人物は実在するだろうか。
また、花が通っていた大学のモデルは一橋大学だと思われる。しかし花はとても一橋の学生には見えなかった。名門大学の学生というのは大抵、自尊心が強く、自己中心的で、計算高い。つまり花とは正反対なのだ。花を東京の田舎にある国立大学の学生にしたい気持ちはよくわかるが、この決定は少し安易だった。
唐突に訪れる狼男の死も腑に落ちない。交通事故の犠牲になる、というおきまりの展開にしなかったことは評価できる。しかし本作の場合、狼男がなぜ死んだのかさっぱりわからない。財布を入れたスーパーの袋を玄関先に置いたまま出かけるなんて、通常ではあり得ないことだ。一方、病気や寿命で死んだというのも考えにくい。狼男はとても具合が悪そうには見えなかったし、体が弱っていれば花だって気付いただろう。観客にご都合主義と受け取られないためにも、このあたりの記述にはもっと説得力を持たせたかった。
狼男の死後は花が子育てする様子が淡々と描かれてゆく。だがなにしろ人との絡みが少ないから、ドラマとしては物足りない。後半になると近所の人々との交流も生まれるが、この程度の起伏では観客を楽しませるには不十分だ。
雪が学校に入ってしばらくすると、ちょっとした事件が起きる。それは以後の劇的な展開を予感させるものだから、ここまで退屈に耐えてきた私は苦労が報われた気がした。しかし残念なことに、話は最後まで盛り上がりを欠いた。
結末も今一歩だ。小学校に通えなくなった雨が、あのようにして生きていけるのだろうか。もう大人だ、という言い訳は私の心には響かなかった。それに、雨はいつの間に姉の雪よりも早く大人の狼になったのか。一方、雪についてはさほど詳しい説明もなく、なんとなく終わってしまった印象だ。
本作は大きな欠点はないものの、ドラマとしては不満が残る。一般には薦められないが、娯楽性にこだわらない人は鑑賞してもよいだろう。
監督 細田守 声 宮崎あおい、大沢たかお、黒木華、西井幸人、大野百花、加部亜門、林原めぐみ、中村正、大木民夫、片岡富枝、平岡拓真、染谷将太、谷村美月、麻生久美子、菅原文太、ほか
1時間57分