この世界の片隅に 85点

「この世界片隅に」は地味だけれど、よく脚本の練られた良作である。

昭和8年12月。風呂敷包みを背負った幼いすず(=のん)は、船頭に話しかけながら渡し船に乗り込む。風邪を引いた兄の代わりに料理屋へ海苔を届けに行くところだ。すずが正座をして荷物を下ろすと、船頭は船をこぎ出す。砂利がたくさんあるから、正座をしなくていいよ、と船頭が言えば、すずははにかんで座り直す。

広島の町には路面電車が走っており、たくさんの人々が行き交っている。すずは駄菓子屋に立ち寄り、チョコレートやキャラメルを購入する。次にお使い先を探してさまようが、道に迷って、大きな建物の前で立ち止まる。するとそこに大きなかごを背負った髭もじゃの大男が現れる。すずが道を尋ねると、高いところから探せば見つかるだろう、と大男は言って、すずに望遠鏡を渡し、背中に乗せて歩き出す。すずはあちこち見渡すが、体勢を崩して、かごの中へ転げ落ちる。

そこにはすずと同年代の少年がいた。少年は、あいつは人さらいだ、と言う。父親とはぐれてしまったらしい。すずも困り果ててしまう。しかし良い考えが浮かぶ。すずは海苔を取り出すと、いくつか模様の形に穴を開けて、望遠鏡のレンズに貼り付ける。そしてかごをよじ登って大男に望遠鏡を渡す。望遠鏡を覗いた大男は転倒し、そのすきに2人はかごから抜け出る。少年は、すずのズボンの裾に書かれた名前を覚えており、ありがとう、浦野すず、と言ってどこかへ去って行く。

ネタバレなしの感想

本作を観はじめると、すずの声に違和感を感じる。それは普段聞き慣れている声優の声とは違って、どことなく素人っぽい。でもそれは感情のこもった個性的なもので、ヘタウマ系の本作を味わい深いものにしている。

すずを見ていると、いたたまれない気持ちになる。ニートというのはある種の嗅覚が優れており、どの子供が社会に適応できそうもないか、なんとなくわかるのだ。すずは何も悪いことはしておらず、普通に、真っ直ぐ生きているだけである。だが一方で、人が生きていくためには社会に合わせて変わっていかなくてはならない。しかしこういった子供は、性格上なかなかそれが難しい。

本作は不思議な作品だ。はじめのうちは何の話なのか見当が付かない。何が現実で何が想像なのかも判然としない。しかも上に述べたように、すずはふわふわとして、かなり浮き世離れした子供だ。

すずは18歳の時、広島市の江波から呉市の長ノ木へお嫁に行く。度々だが、その様子を見ていると本当に心配になる。すずは幼い頃のようにぼーっとしているし、お人好しであまり自分の意思を表に出さない。だから嫁ぎ先でいじめられはしないかと気が気でない。

しかしこれ以降、急にファンタジー色が薄らいでくる。ただ、一般的に、18歳といえば人格はかなり完成されており、そこからの大きな変化は望みにくいと思う。はたしてこれでよかったのだろうか。

とはいえ、本作はとても丁寧に作られており、ごく自然でありながらなかなか先が読みにくい。また後半は感動的だが、決して大げさになることはない。

そんな完成度の高い本作にも、いくつかの欠点がある。

まず、中盤ですずの幼なじみ、哲(=小野大輔)が絡む一連の流れだ。哲はいきなり現れるのだが、その後の展開はなかなか理解しがたい。哲は以前とは人が変わったようだ。一応その理由付けはなされるが、それをもってしてもこの事態は正当化できない。また、すずの哲に対する態度にもかなりの変化が見られる。前半において2人はこのように描かれていなかったから、ここで急に設定を変えるべきではなかった。あるいは前半の記述をもう少し充実させてもよかっただろう。

後半、すずの夫、周作(=細谷佳正)がすずに放った一言も気になった。呉には主要な軍港があるため、アメリカの戦闘機による空襲が頻発する。長ノ木も度々被害に遭い、すずはいつ死んでもおかしくない。周作はすずが大好きだから、これが現実の話だとすれば、もっと別の言葉をかけたのではないだろうか。

後半も終わりに近いところで、通りがかりのすずが義理の姉、径子(=尾身美詞)の姿を遠くから見つめる場面がある。このとき径子は、余計な独り言を言わない方がよかった。そうするとわざとらしくなるし、径子の気持ちはすでに十分観客に伝わっている。

それに続く場面でのすずの独り言も、必ずしも成功していない。それはやや不自然で、カメラ向けに作られた感がある。感情の爆発はもっと素朴なものだ。そんなとき気の利いた長文を言わせようとすると、どうしてもセリフが説明的になり、自然さが失われる。

結末は若干やりすぎだった。大筋ではよいものの、際立った偶然には頼らない方がよかっただろう。

ちなみに、エンドクレジッツの後には、クラウドファンディングで本作に出資した人々のクレジッツが流れる。

本作は、ほんの少し欠点もあるが、全体的に充実している。ぜひ映画館に観にいきたい。

原作 こうの史代「この世界の片隅に」  監督 片渕須直  声 のん、細谷佳正、尾身美詞、稲葉菜月、牛山茂、ほか

2時間6分

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