ぼくは明日、昨日のきみとデートする 90点

「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」は本年有数の傑作である。

ある日の朝、高寿(=福士蒼汰)は学校へ向かう電車の中で同年代の少女(=小松菜奈)に一目惚れする。今、声をかけないともう二度と会えないかもしれない、と思った高寿は、少女が自分と同じ駅で降りたら声をかけよう、と心に決める。だが次の瞬間、電車は宝ヶ池駅で止まり、少女は消えてしまう。

高寿は急いで電車を降り、人混みの中、少女の姿を探す。すると、踏切を渡る少女を見つける。少女を追いかけて向かいのホームまでやってくると、思い切って声をかける。そして、メアドを教えてください、一目惚れしました、と伝えると、少女は、携帯電話を持っていない、と答える。それを聞いた高寿は残念そうに立ち去ろうとするが、少女は、そういう意味じゃなくて、本当に持ってないんです、と説明して高寿を引き留める。

2人はホームの椅子に並んで座る。少女は名を愛美といい、美容師の専門学校に通っている。引っ越してきたばかりで道に迷い、目的の駅を通り過ぎてしまった。一方、高寿は近くの美大でカートゥーンを学んでいる。宝ヶ池には小さい頃の思い出があるらしい。

電車がホームに入ってきて、愛美は立ち上がる。また会えますか、と高寿が聞くと、愛美は、会えるよ、また明日、と言って、手を振りながら、ゆっくりと電車に乗り込む。

ネタバレなしの感想

これはなんと技術的な話だろうか。目的のためには手段を選ばず、とは本作のための言葉である。天動説を唱えたプトレマイオスも驚いているに違いない。

本作に出てくるのは、ほぼ高寿と愛美の2人だけだ。それ以外では高寿の友人の正一(=東出昌大)と高寿の両親(=宮崎美子、大鷹明良)が少し顔を出す程度である。多数の人物を描き分けられてこそ作家、といった風潮もあってか、こういった映画はそれほど多くない。

本作の核心部分は比較的早い段階で披露されるのだが、それを聞いたときに私は一瞬固まってしまった。第一の理由は、『時をかける少女』を読んだときの悪い記憶が蘇ったこと、そして第二の理由は、手品の種明かしをされても、その原理がよく理解できなかったことだ。幸いなことに、その後の展開は『時をかける少女』よりずっとまともだった。だがそれからしばらくは、何が起こっているのかを整理しようと無い脳みそを必死に振り絞ることとなる。

そうして徐々に了解される本作の仕掛けであるが、これは相当に人工的なものだ。こんなものが自然界に落ちているとは到底考えられない。類似のネタを思いついた作家は大勢いただろうが、それを出版した者は決して多くないだろう。

しかし実際にやってみると、これは案外上手くいった。突っ込みを入れはじめたら切りがないけれど、映像の力もあって、観客はとりあえず納得させられる。じゃあ、そういうことにするか、最後まで一緒に行こう、と。

本作の世界には高寿と愛美しか存在しないかのようだ。カメラはひたすら2人を追いかけ、2人は誰かに話しかけられることもない。おまけに、駅のホームでは2人きりでいることが多い。こういった描写はやや現実味に欠けるものの、それにより2人だけの独特の空間を作り出した。この方法で、本作の魔法はなんとか維持されるのだ。ローコスト・ハイリターンである。

福士蒼汰と小松菜奈はとびきりの演技上手ではなかったが、役柄を自然に演じて作品に大きく貢献した。

一方で、本作にはいくつか問題もある。

まず、紙に何か書くときは、出演者がその場で書いた方がよい。字が汚くなることが問題ではなくて、映画が不自然になることが問題だ。それによって時間を食ってしまうと言うのなら、そもそも、その場面を撮ることの合理性が疑われる。

また、高寿の愛美に対する態度は制作者にとって都合が良すぎる。高寿は愛美の素性についてはほとんど追求しないし、愛美の説明もあっさりと受け入れる。愛美の両親に会いたいとも言わない。このあたりの高寿の言動には、かなり違和感を感じた。作者はこうした追求から屁理屈で逃げず、なんとか知恵を絞ってほしかった。

種明かしが終わってしばらくすると、本作は少々たるんでしまう。そのあたりの展開はもっと工夫するか、あるいは愛美の告白をほんのわずか後ろにずらしてもよかっただろう。

本作の終わり方は自然で腑に落ちる。ただ、結末の直前に結末から数分後(数分前、ではない)の描写を入れたのは少し気になった。観客はただでさえ本作の設定に困惑気味だから、最後に制作者の都合で場面の順序を逆転させない方が良かった。その数分後の描写は削るか、あるいは結末からもう少し離しておけば、きっと違和感は生じなかったと思う。

私は初日の午前中に観にいったが、スクリーンはガラガラであった。あれほど宣伝していたのに、どうしてこうなってしまったのだろう。映画の商売もなかなか難しい。

本作はネタが命である。映画館で観て決して損はないが、事前の下調べは禁物だ。

原作 七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』  監督 三木孝浩  出演 福士蒼汰、小松菜奈、東出昌大、宮崎美子、大鷹明良、清原果耶、山田裕貴、ほか

1時間51分

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