「サクラダリセット 前篇」は設定こそ人為的だが、脚本はよく練られている。
9月17日、朝。芦原橋高校3年生の浅井ケイ(=野村周平)は、ラジオのようなけたたましい音で目を覚ます。ケイがベッドから出ても一方的な語りかけは続き、やがて音楽が流れはじめる。
登校中、ケイは遠くにいた春埼美空(=黒島結菜)と目が合い、春埼は会釈を返す。さらに自転車に乗った皆実未来(=矢野優花)がやってきて、追い越しがてらにケイに挨拶をする。そして皆実は、歩行者たちの間を縫って先へ進んでいった。
まもなく前方の十字路で事故が起こる。ケイと春埼が現場に駆けつけると、そこには血だらけの皆実が倒れていた。その様子を見たケイは、前回のセーブが2日前の9月15日12時35分だったことを確認し、春埼にリセットの指示を出す。
9月15日、昼休み。春埼は目を閉じて携帯電話を耳に当て、9月15日12時35分20秒、セーブしました、と唱えている。目を開けてケイの様子を見た春埼は、リセットしたんですね、と問いかける。
ケイは教室でギターを弾く中野智樹(=健太郎)のところへやってきて、今作っている曲を明日の朝、自分に聴かせるのはやめろ、と注意する。さらに続けて、皆実に声を届けてくれないか、と相談を持ちかける。
ケイたちが住む咲良田(さくらだ)は、住人の約半数が特殊能力をもっている。ただし特殊能力者たちも町から出ると能力のことを忘れてしまう。
春埼はリセットを使うことにより、前回セーブした時点まで時間を巻き戻すことができる。その際、春埼や他の人々のセーブ以降の記憶は消えてしまうが、例外的にケイの記憶だけは保存される。したがって、ケイと春埼の能力は二つ合わさることではじめて意味をなす。
セーブは72時間経つと失効する。また一度リセットを使うとセーブは無効となり、戻った時点から48時間は次のセーブが行えない。今回はリセットして15日の昼に戻ったのだから、15日昼のセーブは消え、次にセーブができるのは17日の昼である。よって17日朝の事故を防ぐためには失敗は許されない。
9月17日、朝。前回と同様に皆実はケイを追い抜いてゆく。だが十字路にさしかかったとき、危ない、という声が届き、皆実は突然自転車を止める。
ネタバレなしの感想
本作はケイたちの特殊能力を駆使した本格ミステリーである。特殊能力と聞くといかにもラノベ原作らしいが、本作は構成がよく考えられており大人も十分満足できる内容だ。ちなみに、ラノベではミステリーが売れない(から売り出さない)という経験則が知られているけれど、原作は角川スニーカー文庫から刊行され、すでに全7巻で完結している。
ケイは学校の奉仕クラブに参加していた。咲良田は管理局と呼ばれる公的組織によって統制されており、奉仕クラブは管理局の下部組織である。顧問の津島信太郎(=吉沢悠)は教員兼管理局職員だが、自身は特殊能力者ではない。
9月17日、昼。ケイは津島に呼び出される。津島によれば、佐々野宏幸(=吉沢悠)という高齢男性が何者かによって特殊能力を奪われてしまったらしい。それを聞いたケイは快く依頼を引き受け、佐々野に会うことを約束する。
放課後。ケイは佐々野邸を訪れ、書斎で話を聞く。佐々野は写真の中に入り込む能力を持っていたが、赤いカラーコンタクトをした少女の目を見てからというもの、この能力が使えなくなったらしい。ケイは事件の解決を誓って帰ろうとするが、飾られていた一枚の写真に目が留まる。佐々野が説明しようとすると、ケイはその写真が2年前の10月2日の夕刻に撮られたことを言い当てる。写真の隅にはかつての同級生、相麻菫(=平祐奈)の後ろ姿が写っていた。
「春埼、リセットだ」とか「能力者の集う町、咲良田」といったセリフを聞いて、本作を観たくなる人はいるだろうか。正直なところ、普通の大人から見ればこういった枠組みはあまりに子供っぽい。一方、本作のCMは深夜アニメの合間に流れている。しかしアニメファンが実写に惹きつけられるかといえば、それもまた心許ない。スクリーンがガラガラなのは、おそらくこういった理由による。
だが実際のところ、本作は知的に洗練された第一級の娯楽作品である。特殊能力を使ったらミステリーにならない、と普通は思うのだが、脚本家はそこを工夫してなんとか公正なジグソーパズルに仕上げた。
まずこのパズルに万能ピースは存在しない。ケイたちの能力はみな異なり、それぞれに限界がある。実はケイは最強の能力者だった、などの俺TUEEE設定はないから、安心して鑑賞できる。
またピースははじめに一通り紹介される。こんな形のピースがあったんですよ、と後で出してくるのはずるいが、ケイたちの能力を最初に示しておけば観客もある程度は納得できる。
さらに、本作は話の進め方が巧みだ。能力の設定は複雑だけれど、本作は観客が理解するのを待ってもたつくことはない。その代わりにリズム良く先へ先へと進行し、そうしているうち、観客も何となく大枠をつかめるようになる。
敵と味方をはっきりさせなかったのも成功の要因である。もしこれが、ケイの仲間たち対管理局、という単純な図式だったら、話はもっと淡泊になっていただろう。
学園ものに出てくる若手俳優は必ずしも演技上手とは言えないが、本作の出演者たちは粒が揃っている。特に、野村周平、黒島結菜、平祐奈の3人はよく演じた。
しかしながら、本作には重大な欠陥も多い。
まず、導入部が安易すぎた。自転車事故を使えばケイと春埼の能力を紹介することはできる。しかし事故を防ぐ上で中野が活躍する余地は全くない。中野の声が届いたからといって皆実が自転車を止めるとは限らないし、それ以前に、ケイが自分で皆実を止めれば簡単に済む話だ。もし冒頭で中野の能力を提示したいなら、せめてケイや春埼が手を離せない状況を作る必要があった。
村瀬陽香(=玉城ティナ)は自分の体に触れたものを消すことができ、やり方次第ではリセットの影響を受けないようにすることも可能だ。しかしそうすると村瀬はリセット後に記憶を持ち越せることになり、ケイの存在意義が薄れてしまう。私はこれを見て、春埼は村瀬と組めばいいんじゃないの?、と突っ込みたくなった。
そこで原作者は、春埼はケイの指示がないとリセットできない、という設定を付け加えている。けれどこの決まりはあまりに直接的で芸がない。ただし、実は春埼は自分1人でリセットできた、ということにしておけば、少し汚いけれど問題は解消できる。
管理局の描き方もひどすぎた。
2年前、ケイは坂上央介(=岩井拳士朗)たちを連れて管理局の事務所に押し入った。だがそもそも、能力者たちを管理している公的機関に高校生がたやすく侵入できるのはおかしいだろう。あのような描写では、管理局事務所が学校の職員室と間違われかねない。
魔女(=加賀まりこ)の扱いも謎である。管理局は魔女に逃げられては困るはずだが、その監視体制はあまりにずさんだった。こういうやり方では魔女はほぼ出入り自由なので、むしろ職員として自宅から通勤してもらった方が効率的だ。また管理局職員のやる気がないのは、最終盤における魔女の状態を見てもわかる。
私が観たのは3日目の午後だったが、上述の通り、スクリーンに観客はまばらだった。本作は上手く出来ているから、もっと多くの人に観られてもよいと思う。
本作は特殊能力という恣意的な素材を用いつつも、ミステリーとして納得のいく水準に仕上がっている。映画館で鑑賞しても決して損はない。
原作 河野裕『サクラダリセット』 監督 深川栄洋 出演 野村周平、黒島結菜、平祐奈、健太郎、玉城ティナ、恒松祐里、大石吾朗、加賀まりこ、奥仲麻琴、矢野優花、岩井拳士朗、岡本玲、吉沢悠、中島亜梨沙、丸山智己、ほか
1時間43分