「ローベルおじさんのどうぶつものがたり」は、動物たちを主役とする20の短編からなる作品である。それらの短編の中には物足りないものもあるが、特に第1作と第20作は優れている。
ベッドをはなれられなくなったワニ
1頭のワニがいた。このワニは、ベッドルームの壁紙の花模様が好きになってしまい、長いことじっと見つめていた。この花と葉の、きちんとした並び方をごらんよ、とワニは言った。ねえあなた、そんなにベッドにばかりいらしてはいけないわ、庭へいらっしゃい、空気はみずみずしいし、お日様はきらきらして温かいわよ、とワニの奥さんは言った。君がそう言うなら、ちょっと出てみるとするか、とワニは言った。
アヒルとキツネ
2羽の姉妹のアヒルが、朝の一泳ぎをしようと、池へ向かって歩いて行った。いい道よね、これ、でも、気分を変えるためにも別の道を行ってみましょう、と1羽のアヒルが言った。いやよ、反対だわ、この道はとてもきもちがいいし、慣れているんですもの、ともう1羽のアヒルが言った。ある朝のこと、2羽は道ばたの柵の上に座っているキツネに出会った。
ライオンの王さまとテントウムシ
ライオンの王様は言った。我が忠実なる家来どもに、わしの体の隅から隅まで全部が王であることを知らしめねばならん!王様は堂々たるローブをまとい、宝石の付いた大きな冠を被り、金や銀の勲章をありったけ着けた。自分の王国の道を歩いていると、誰も皆、地面に頭をこすりつけるようにお辞儀をした。道ばたに小さなテントウムシがいた。
エビとカニ
ある嵐の日のこと、カニは海辺を散歩していた。すると驚いたことに、エビが小舟で船出の支度をしていた。おいエビ君よ、こんな日にわざわざ出かけるなんて向こう見ずもいいところだぜ、とカニは言った。まあそうだろうな、しかしおれは、海の上でスコールを浴びるのが好きなんだよ!、とエビは言った。僕も一緒に行くよ、君を1人で、そんなに危ない目に遭わせたくないからね、とカニは言った。
メンドリとリンゴの木
10月のある日、1羽のメンドリが、裏庭に生えているりんごの木を窓から見ていた。さあておかしなこと、昨日まであそこには木なんて生えていなかったわ、絶対よ、とメンドリは言った。我々の中には、すぐに育つものもあります、と木は言った。
ヒヒのあまがさ
ヒヒがジャングルの中でいつもの散歩をしていると、友達のテナガザルに会った。やあ、今日みたいなよくお日様の照ってる日に、雨傘を差して歩くなんて、君、おかしいぜ、とテナガザルは言った。
にじのねもとをおっかけたカエルたち
嵐の後の池を、1匹のカエルが泳いでいた。カエルは、空を横切って広がる、きらめく虹を見た。聞いた話だが、虹の根元には黄金の一杯詰まった洞穴があるそうだ、そいつを探して、おれは世界一金持ちのカエルになろうぜ!、とカエルは言った。
クマとカラス
クマは町へ行く途中だった。持っているうちで一番良い上衣とチョッキを着、一番良い山高帽を被り、ピカピカの靴を履いていた。どうだ、立派なもんだよ、町の連中は、はっと驚くだろうぜ、何しろおいら流行の先端を行ってるんだから、とクマは言った。すみません、ちょっと小耳に挟んだのですが、しかしどうも私は、賛成いたしかねますなあ、と木の枝に止まっていたカラスが言った。
ネコの思い
すごいご馳走が目の前に思い浮かぶなあ、とネコは川岸へ向かいながら言った。早く食べたいものだ、と思いながら、髭を舐めた。ネコは、針にエサの虫を付けて、水に投げ込んだ。そして魚が食いついてくれるのを待っていたが、そのまま1時間、何事もなかった。ご馳走が思い浮かぶなあ!、とネコは言った。そのまま1時間、けれど何事もなかった。
恋のダチョウ
日曜日に公園で、ダチョウは、若いお嬢さんが歩いているのを見た。ダチョウはそのお嬢さんに、すぐさま恋してしまった。月曜日にダチョウは、愛する人へ贈り物をしようと、すみれを摘んだ。でもとても内気だったので、プレゼントすることが出来なかった。
ラクダのバレリーナ
ラクダはバレリーナになろうと心を決めた。幾度も幾度も、ピルエットだのルルヴェだのアラベスクだのという踊り方の練習をした。とうとうラクダは言った。さあこれで私は一人前のバレリーナよ。ラクダは会を開くことを知らせ、友達や批評家を招いて、その前で踊った。
年よりのかわいそうな犬
とても貧しい、年寄りの犬がいた。1着しかない上衣は穴だらけで、ぼろ糸でかがってあった。破れ靴は底が薄いために、道を歩いていると小石の当たるのがわかった。家がないので公園で眠った。犬はいつも鼻を歩道のへり石に近づけて、お金になりそうなものを探していた。そのために、溝に落ちている黄金の指輪を見つけることが出来た。
サイのおくさんとドレス
サイの奥さんは、店のウインドーに1着のドレスを見つけた。水玉と花の模様で、リボンとレースが飾りに付いていた。奥さんは、ちょっとの間、感心して眺めていたが、やがて店に入った。あのウインドーのドレスのことですけれど、私試しに着てみたいわ、とサイの奥さんは店の人に言った。サイの奥さんはドレスを着ると、鏡の中の自分の姿を見た。このドレス、私には合わないわ、と奥さんは言った。とんでもない、奥様、このドレスは、奥様をとてもチャーミングにいたしておりますですよ、と店の者は言った。
わんぱくカンガルー
学校で悪さをする、子供のカンガルーがいた。この子は、先生の机の上に画鋲を仕掛けたり、紙つぶてを教室で飛ばしたり、トイレでかんしゃく玉をならしたり、ドアの取っ手にニカワを塗りつけたりした。まったく考えられないようないたずらをするんだな、君は!、君の父さん母さんに会いに行きます、と校長先生が言った。校長先生はカンガルー夫妻を訪ね、リビング・ルームの椅子に座った。
ブタとおかしや
一晩中、ブタはキャンディーの夢を見ていた。目が開くと、口の周りが唾で濡れていた。キャンディーが欲しいよ!、今すぐ食べたいよ!、とブタは叫んだ。ブタはキャンディー皿に向かって飛んでいったが、空っぽだった。食器戸棚のチョコレートクリームの箱には、包み紙だけが残っていた。お菓子屋へ行こう、ブタはそう言うと、服を着て家を飛び出した。
ゾウとそのむすこ
ゾウとその息子は、自分の家で晩を過ごしていた。息子は歌を歌っていた。静かにしな、父さんは新聞を読んでいるんだからね、新聞を読んでいると、お前の歌は聞けないんだよ、とゾウの父さんは言った。なぜ聞けないの?、とゾウの息子は尋ねた。それはね、父さんは1度にひとつのことしか考えることが出来ないからなのさ、とゾウの父さんは言った。ゾウの息子は歌うのを辞めて、黙って座っていた。ゾウの父さんは葉巻きタバコに火を付け、新聞を読み続けた。
ペリカンとツル
ツルがペリカンをお茶に招いた。呼んでくれてどうもありがとう、誰も私を招いてくれないんだ、ペリカンはツルに言った。こちらこそ、お砂糖、入れます?、とツルはペリカンに、砂糖の壺を渡しながら言った。うん、ありがとう、とペリカンは言った。そしてカップにどさっと、半分開けた。残りの半分は、床にこぼれてしまった。
わかいオンドリ
1羽の若いオンドリが、父親の枕元へ呼ばれた。息子よ、私はもう終わりだ、これからは、毎日、朝のお日様を呼ぶのはお前の仕事だ、と年取ったオンドリは言った。若いオンドリは悲しげに、父鳥の命が消えていくのを見守っていた。お日様は上がってこなかった。雲が空を覆い、ぬか雨が一日中、ぐしゃぐしゃと降った。農場の動物たちはみんな、オンドリの所へやってきた。
くいしんぼのカバ
カバはレストランへ行き、お気に入りのテーブルに座った。おい、君!、わしは豆のスープと、芽キャベツと、マッシュポテトを食べるぞ、急いでくれ、今夜のわしはものすごく腹が減っているのだ、とカバは言った。まもなくボーイが注文の品を持ってきた。カバはすごい目つきで料理をにらみつけて言った。おい、君、これを食べ物という気かね、どの皿もすごく少ないじゃないか、わしは、風呂桶一杯の豆のスープ、バケツ一杯の芽キャベツ、一山ほどもあるマッシュポテトが欲しいんだ、いいかね、わしは食べたいんだ!
海べのネズミ
1匹のネズミが、これから僕は海辺まで旅をします、と父母のネズミに言った。それは、いけない!、世の中は怖いことだらけなんだからね、行ってはいけません!、と2匹は叫んだ。決心したんです、僕はまだ海を見たことがありません、今がちょうどいい時だと思います、僕の気持ちは絶対に変わりません、とネズミはしっかりした声音で言った。
本書では、1つの見開きに1つの短編が書いてあり、左、あるいは右頁に文が、他方の頁に絵が載っている。絵は素朴で親近感のあるものだ。文が書かれた各頁の最後には、童話に対する補足の1文が載っている。その内容は、童話中での行いに対する駄目出しや、童話から得られる教訓などである。
20の短編のうち、会心のものは、「ベッドをはなれられなくなったワニ」と「海べのネズミ」だ。「ベッドを…」の発想はとても独特で、容易には思いつかない。「海べの…」は、私たちに勇気をくれる感動的な話だ。また、教訓を上手に示したものは、「海べの…」に加えて、「メンドリとリンゴの木」、「ヒヒのあまがさ」、「わんぱくカンガルー」、「ブタとおかしや」、「ゾウとそのむすこ」、あたりだろう。ただし、その他の作品はやや物足りず、発想が安易だったり、教訓が腑に落ちなかったりする場合もある。だから、全20作品中、優れたものはおよそ半分弱といえる。
本書はとんちの効いた道徳の教科書のようだけれど、押しつけがましかったり、理屈っぽかったりはしない。むしろ、補足の1文を読むまでは、物語からどんな教訓が得られるのか、予想が付かないことも多い。また、文字数や漢字が多くて子供が読むには少し大変かもしれないが、内容自体は子供も十分楽しめる。本書を一気に読み通すことは難しいから、本書はコストパフォーマンスにも優れている。
本書の短編は玉石混淆であるものの、玉の割合は高いといってよい。ぜひ、図書館で借りて読んでみたい。
作 アーノルド・ローベル 訳 三木卓
48頁 文字数多い 簡単な漢字を除いてふりがな付き
1980年コールデコット賞