「バースデーカード」は脚本に優れた傑作である。
私は引っ込み思案な子供でした、と鈴木紀子(=橋本愛)は椅子に座り、誰かに話しかけている。
紀子という名前は、父親が付けてくれた。21世紀の紀に、子供の子。今という時代に、確かにこの子が存在した、という意味を込めた。幼い紀子に、母親はよく絵本を読んでくれた。紀子が編み物をする母親(=宮崎あおい)にせがむと、母親は居間にやってきて、「14ひきのせんたく」を読んであげる。紀子が寂しそうな顔をしていると、鼻に赤いぽんぽんを付けて笑わせる。
そんな母を悲しませてしまったことがあります、と紀子は言う。
紀子が小学生だったとき、クイズ大会のために学級から代表を出すことになった。いつもなぞなぞの本を読んでるから、鈴木でいいんじゃないか、と担任が尋ねる。それを聞いた高橋は手を上げ、松本さんか山崎さんがいいと思います、と主張する。しかしある男子が、県庁所在地のテストで満点だった鈴木さんがいいと思います、と元気に声を張り上げると、その流れで紀子が代表に決まってしまう。
紀子が代表になったことを聞くと、両親は喜ぶ。父親(=ユースケ・サンタマリア)が、観にいこうかな、と言うと、紀子は、いいよ、緊張してお腹痛くなっちゃうかもしれないし、と嫌そうな顔をする。大学は大丈夫なの?、と母親が尋ねると、その日は天文台だから、と父親は答える。
母親は紀子を図書館へ連れていく。紀子は、絵本にはたくさんの脇役や悪役が出てくるでしょ?、私、悪役は嫌だけど、脇役でいい、と言う。それを聞いた母親は、物語って一つじゃないの、たくさんあるんだよ、だから、たくさんの主人公が必要なの、紀ちゃんの人生では、紀ちゃんが主人公なんだよ、と話しかける。
大会当日、紀子はうつむいてパイプ椅子に座っている。そこに高橋たちがやってきて、1問も答えない方がいいよ、キャラじゃないもん、ね~、と脅しをかける。本番中、簡単な問題が続くが、紀子はボタンを押そうとしない。そして、香川県の県庁所在地はどこか、という問題が出ると、紀子と組んだ男子がボタンを押す。鈴木、答えろよ、と男子は激励するが、紀子は黙っている。
その帰り道、紀子は母親と手をつないで坂を歩く。母親は、どうして答えなかったの?、と尋ねる。わからなかった、と紀子は言う。わかる問題もあったでしょう?、と母親は聞くが、紀子は答えない。母親は、間違ってもいいから、一歩踏み出す勇気を持たなきゃ、あなたには未来があるの、希望がたくさんある、何にだってなれる、と諭す。それを聞いた紀子は、お母さんはどうなの?思い通りの人生を送れてる?満足できてる?、と言い返す。母親は悲しそうな顔をして、先を歩いていた父親と弟の方へ走っていってしまう。
ネタバレなしの感想
本作はシーチキン食堂のような話かと思いきや、そうではなかった。筋書きは古典的である。若くして癌に倒れた母親が成長していく子供たちのために手紙を残す。映画や小説の中では、病気や死があまりに多い。これらが生物学的に有効的なのは理解できるが、使い古された感は否めない。しかし、本作はそんな難しい題材を選びながらも、かなりの健闘を見せた。
母親はやさしく、教養にあふれる。紀子は賢いが、自信家ではなく、静かでおもいやりがある。
母親が紀子に送る手紙の内容は、人生はこうしなさい、とか、ちゃんと勉強してるか、といった指図やお節介ではない。自分の生き方を示し、紀子を励ますだけだ。
病室の母親は長く生きられないのを嘆くこともあるが、その姿は決して大げさではない。このような場面を短く1度だけにしたのは良かった。またこれの配置は、父親の気持ちを表現するために、巧妙に考えられている。弟(=須賀健太)の後半の行動にはやや脚本家の意図が感じられるものの、もし弟がきっちりとした人間ならば、本作はもっと味気なくなっていただろう。
本作には観客を楽しませる工夫も随所に見られる。
自宅や学校だけでは動きがないから、もっといろいろなところへ紀子たちを連れていく。しかし本作が優れているのは、その言い訳が自然なことだ。またそれらは単なる気分転換に終わらず、しっかりと役目を果たす。
途中でたるまないのも本作の魅力だ。後半になっても、本作は私たちが求める以上のものを提供し続ける。そして、あ~満足した、いつ終わるんだろう、と思いはじめる頃に、素晴らしい結末を迎える。
ただし、本作には二つほど大きな欠点がある。
最も深刻なのが、紀子の後ろからバイクがやってくる場面だ。これは不自然で都合が良すぎる。バイクとたまたま遭遇してもよいだろうが、時を慎重に選ぶべきだった。この展開があまりにわざとらしいから、そのあとの場面が台無しになってしまう。
もう一つは、弟が自転車で現れるくだりだ。ここもきわめて人工的で、テレビドラマのようだ。せっかく良い作品なのだから、細部まで手を抜かずに作って欲しかった。
ちなみに、エンド・クレジッツの後に一場面あるが、特に意味のあるものではない。
本作は大きな欠点を持つものの、全体の充実がそれを凌ぐ。ぜひ映画館に観にいきたい。
監督 吉田康弘 出演 橋本愛、宮崎あおい、ユースケ・サンタマリア、須賀健太、中村蒼、木村多江、ほか
2時間3分