ガール・オン・ザ・トレイン 60点

「ガール・オン・ザ・トレイン」は中盤までは最高の出来だが、その後、急速に安っぽくなる。

スーツを着たレイチェル(=エミリー・ブラント)は列車の窓際の席に座り、外を眺めている。夫には、想像力が過剰だ、と言われた。でも空想が好きでやめられない。こうして列車の窓から他人の様子をのぞき見ては、彼らの人物像や日々の生活について思いを巡らす。

今気になっているのは、ベケット通り15番の家に住む若い夫婦だ。妻(=ヘイリー・ベネット)はすらりとして豊かな金髪で、夫(=ルーク・エバンス)はたくましく男前である。

レイチェルは図書館でスケッチを描きながら想像する。妻は画家だろうか。夫はきっと建築家に違いない。

仲むつまじい彼らは、レイチェルの思い描く理想の夫婦だ。レイチェルもかつてはその若い妻のようだったが、今ではすっかり変わってしまった。

ある日の帰り道、レイチェルがいつものように窓際の席に座っていると、赤ん坊を抱いた母親がやってくる。母親が、隣に座ってもいいか、と尋ねると、レイチェルは荷物をどけて席をすすめる。赤ん坊を抱かせてもらうとかわいがり、母親はその様子を微笑ましく見つめる。しかし、母親は突然顔をしかめる。レイチェルの鞄からは、透明な液体の入った、ストロー付きの水筒が顔を覗かせている。レイチェルは赤ん坊を母親に返し、気まずそうに外の方を向く。だが気付けば、親子の姿はすでにない。

別の日、列車に乗ったレイチェルは、窓の外を見ながら告白をはじめる。実は、レイチェルはベケット通り15番から2軒隣の、ベケット通り13番に住んでいた。今そこには、彼女の元夫と新しい妻が暮らしている。

ネタバレなしの感想

本作は冒頭から謎だらけだ。一体これは何の映画なのだろう。それに、レイチェルは毎日何をしているのか。まさにミステリーのお手本のような滑り出しである。

しかし徐々に明らかになることだが、レイチェルはいわば、ニートなのだ。

ニートが主役なんて!私は心の底から歓喜の声を上げた。頭の中ではベートーヴェンの第九が鳴り響いたかもしれない。思わず携帯電話を取りだして、友人にメールを打ちそうになる。「今観てる映画は、ニートが主役なんです!」と。いや、いけない。「ケータイの電源はOFFに」しなければ。

多くのニートにありがちなことだが、レイチェルの崩れっぷりはすさまじい。だが私たちは、レイチェルの姿を見て哀れに思ったり、あるいはうんざりするだろうか。いや、むしろその逆である。人は自分の不幸には耐えられないが、他人の不幸は大好きだ。しかもレイチェルは美人で、精神を病み無職でさまよっている。これ以上何を望めよう。

遠くから人々を眺めるだけ、という独特な設定に加え、こうしたレイチェルの魅力が本作の前半を大いに盛り立てる。ヒッチコックの「裏窓」で、グレース・ケリーが孤独に錯乱している姿を想像してほしい。

そんなある日、レイチェルは列車の窓からちょっとした事件を目撃し、さらに情緒不安定になる。そして後日、思わず感情が高ぶって、ベケット通りの最寄り駅であるアーズリー・オン・ハドソンで列車を降りる。

ここまでの筋書きは文句の付けようがない。しかし、これ以降が作家としての腕の見せ所だ。遠くから眺める設定は現代的で洗練されているが、ひとたび現場に足を踏み入れれば、とたんに話は古典的で泥臭くなる。一体どのような展開を見せてくれるだろう。

だが残念なことに、この後の流れはまさにB級映画のそれである。似たようなものを午後のロードショーで観た気がしないでもない。

話のオチが示されたとき、それはないだろう、きっとまだ何かあるに違いない、と私は思った。しかし結局のところ、最後に私たちの手元に残るのは、そのどうしようもないオチだけである。

おまけに、最後の場面はいかにもハリウッド的だ。ただ意外にも、原作者のポーラ・ホーキンズはイギリス在住のジンバブエ人らしい。また、本作の舞台はアメリカのニューヨーク周辺だが、原作のそれはイギリスのロンドン周辺となっている。私が本作を観ている最中に、ロンドンじゃなくてニューヨークなの!?、と不思議に思ったのも無理はなかった。ちなみに、ホーキンズは経済的に困窮しながらも、親からの援助を受けて原作を書き上げたとのことだ。

結論に至る過程でも、観客を失望させる要素が多い。

まず、レイチェルの扱いがひどい。前半の積み上げにより、観客はすっかりレイチェルを気に入っている。でもあるときから、レイチェルの特殊な性質がなんとも都合良く使われはじめる。私たちのレイチェルも、所詮は作者の道具にすぎなかったのだろうか。

また、トルストイのように「不倫キャラ」をフル活用して話を展開していくやり方にも感心しない。その手法は19世紀には通用したかもしれないが、今は21世紀である。作家にはさらなる想像力が求められよう。

本作は前半と後半で完成度の差が著しい。一般には薦められないが、前半だけでも面白ければよい、という技巧派の人は、映画館で観てもよいだろう。

原作 ポーラ・ホーキンズ『ガール・オン・ザ・トレイン』  監督 テイト・テイラー  出演 エミリー・ブラント、レベッカ・ファーガソン、ヘイリー・ベネット、ジャスティン・セロー、ルーク・エバンス、ほか

1時間52分

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