SING/シング 25点

「シング」は予告編から想像される通りの内容で、見るべき所はほとんどない。

星の輝く夜、劇場入り口に「エピファニー、今夜9時から」と書かれている。

劇場の中は動物たちで満席だ。やがて舞台の幕が開き、羊のナナ・ヌードルマン(=ジェニファー・ソーンダース、大地真央)が舞台袖から登場する。そしてビートルズの「ゴールデンスランバー」を歌いながら、中央の岩山を上っていく。

父親に連れられた6歳のコアラ、バスター・ムーン(=マシュー・マコノヒー、内村光良)はその様子をバルコニー席から眺めていた。幼いムーンはたちまち劇場に魅了され、いつか支配人になろうと心に決める。

月日は流れ、ムーンの夢は現実のものとなる。父は洗車屋をして貯めた金で劇場を買い、ムーンにそれを引き継がせたのだ  

ムーンは劇場事務室の椅子に座り、カメラに向かって話し続ける。しかし劇場の外にチンパンジーが現れてガラスの扉を叩きはじめた。

ムーンはイグアナの秘書、ミス・クローリー(=ガース・ジェニングス、田中真弓)に、何が起こったのかと尋ねる。するとミス・クローリーは、お客さんがたくさん来ていますよ、と返す。そこでムーンがブラインドの隙間から外を覗いてみると、怒れる動物たちが集結していた。

彼らは前回の公演のスタッフたちで、小切手が不渡りになったと主張しています、とミス・クローリーが言いかけるや、ムーンは、銀行が払う、と彼らに伝えておいてくれ、と言いながら歩き出す。

するとミス・クローリーは、回線2に銀行のジュディスから電話です、と告げるが、ムーンは、後でかけ直す、と答えて逃走を図る。ジュディスに何て伝えますか?、とミス・クローリーが尋ねると、ムーンは、昼食のため外出中、と言い残し、壁に空いた穴に潜り込む。そして自転車に乗ると、人気のない劇場表口から勢いよく飛び出していった。

ネタバレなしの感想

本作は、ムーンが動物たちを集めてコンサートを開く、という至って単純な映画である。この主題でまともに仕上げるのは難しそうだが、案の定、本作は課題の多い作品になってしまった。

制作者は地味な題材を盛り立てるためムーンをコメディアンのように描いたが、この代償はあまりに大きい。

ムーンはかわいらしいコアラだけれど、その実態はブラック企業の経営者である。働いてもらった舞台関係者には給料を出さず、銀行への支払いも滞っている。

ムーンが父親から譲り受けた劇場を守ろうと真剣に悩んでいるならば、私たちにも共感できる部分はあるはずだ。しかしムーンの行動は悉く軽率で場当たり的であり、劇場をまるでおもちゃのようにあつかっている。劇場が追い込まれたのは、こうした放漫経営の結果にほかならないだろう。

銀行からの電話もかかってきて劇場は今にも差し押さえられそうだが、危機感のないムーンは軽いノリで歌のコンペティションを発案する。さらにミス・クローリーの手違いにより、優勝賞金を1000ドルとするところが10万ドルとなってビラがまかれてしまった。制作者はもう少し想像力を働かせ、ムーンたちに付き合わされる観客の気持ちを考えてほしい。

話の全体的な流れも安易だった。主人公は最初は順調にいくが、中盤で逆境に見舞われ、最後はご都合主義の力で回復、というのがハリウッドアニメのテンプレートなのだろうか。本作の構成は「モアナと伝説の海」にそっくりである。

また本作は冒頭から一貫しておちゃらけており、逆境までもがムーンによって自作自演される。しかしこうしたヤラセ感満載の試練で観客の気持ちが動くはずもなく、後のコンサートを引き立てる効果はほとんど期待できない。

またコンサートの場面は何かと動きに欠ける。出演者にピアノを弾かせたり踊らせたりすることで変化を付けようとはしているが、元々弱いネタを無理矢理補強した感は否めない。

音楽に関しても不満が残る。本作で使われる楽曲は大半がカバーされたものであり、全体として新鮮味に欠けた。また歌に関して言えば、冒頭で流れるポール・マッカートニーの「ゴールデンスランバー」を超えるものはなく、コンサートが終わった後には寂しさを感じるだろう。

本作は全編にわたってギャグをちりばめているけれど、これらは総じて貧弱である。またそうした冗談は一つ一つが孤立しており、話の流れとの関連が薄い。ハリウッドの制作者も日本の深夜アニメを観て勉強したらどうだろう。

そのほか、細かい点について指摘する。

序盤、マウンテンゴリラのジョニー(=タロン・エガートン)はドーナツを持った警察官たちに捕まりそうになる。以前ある同級生が、アメリカのドーナツ屋にはいつも警官が1人はいる、と主張していたが、おそらくこのステレオタイプはテレビの影響だと思う。

参考→ Do Cops get free food,coffee, or donuts?|YAHOO! ANSWERS

水牛のリチャードが合格から外される際のジョークは負の効果を持つ。こういったものはむしろ入れない方が良い。

ロジータ(=リース・ウィザースプーン、坂本真綾)の扱いは恣意的すぎた。本作はコメディだけれど、さすがに「X-MEN」のミュータント迎え入れるような素地はない。特に、夫のノーマン(=ニックオファーマン)と子供たちが吊されているシーンは明らかにやりすぎだった。

劇場の舞台が水槽に囲まれるのもおかしい。それを正当化したければ、ムーンを魔法使いか何かにすべきである。

ジョニーの父、ビッグ・ダディ(=ピーター・セラフィノウィッチ)が牢屋の壁を壊せるのなら、そもそも収監する意味がない。それにビッグ・ダディがコンサート会場に現れるタイミングはあまりに都合が良すぎた。白ネズミのマイク(=セス・マクファーレン)をぶら下げたければ、もっと自然な方法を考えるべきだ。

私が観たのは5日目の午後だったが、小スクリーンに客はそこそこ入っていた。観客の中には会社が休みだった人もいたと思うが、本作の洗礼を受けるのはなかなか堪えただろう。

本作は、ストーリーが浅い、冗談がつまらない、楽曲はほぼ借用品、出来過ぎた展開が多い、と4拍子揃った厳しい映画である。よほどの理由がない限り、映画館での鑑賞はお薦めできない。

監督 ガース・ジェニングス  声 マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン、セス・マクファーレン、スカーレット・ヨハンソン、ジョン・C・ライリー、タロン・エガートン、トリー・ケリー、ニック・クロール、ジェニファー・ソーンダース、ピーター・セラフィノウィッツ、レスリー・ジョーンズ、ジェイ・ファロア、ニック・オファーマン、ベック・ベネット、ガース・ジェニングス、ほか 日本語吹き替え版 内村光良、MISIA、長澤まさみ、大橋卓弥、斎藤司、山寺宏一、坂本真綾、田中真弓、宮野真守、大地真央、石塚運昇、谷山紀章、水樹奈々、木村昴、村瀬歩、柿原徹也、重本ことり、佐倉綾音、辻美優、河口恭吾、MC☆ニガリa.k.a赤い稲妻、Rude-α、ほか

1時間48分

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