「モアナと伝説の海」は序盤はまずまずの出来だが、中盤以降は恐ろしく退屈になる。
はじめは海しかなかった。そこに母なる島、テ・フィティが現れた。テ・フィティの心は大きな力を持っていて、生命を作り出すこともできた。
しかしやがて風と海の神マウイ(=ドウェイン・ジョンソン、尾上松也)が、海を渡ってテ・フィティの心を探しに来た。マウイは魔法の釣り針を使って体の形を自在に変えられた。
心を奪われたテ・フィティは崩れ、恐ろしい闇を生み出した。マウイは恐怖を感じて島から逃げ出すが、沖では大地と火の悪魔、テ・カーが待っていた。マウイは戦いを挑んで飛びかかるも、空からたたき落とされて二度と姿が見えなくなった。魔法の釣り針とテ・フィティの心も海の底に沈んだ。
千年経った今でも、テ・カーはテ・フィティの心を求めさまよい続けている。魚を追い払いながら島から島へと渡り命を奪う。だがいつの日か、誰かがテ・フィティの心を見つけ、サンゴ礁を越えてマウイに返させるだろう 。
タラおばあちゃん(=レイチェル・ハウス、夏木マリ)は幼子たちに海の伝説を話して聞かせる。ほとんどの子供は恐ろしそうな様子だが、孫のモアナ(=アウリー・クラバーリョ、屋比久知奈)だけは目を輝かせている。
そこへモアナの父で村長のトゥイ(=テムエラ・モリソン)がやってきて、タラの話を遮る。サンゴ礁の向こうには嵐と荒波しかない、自分たちの島モトゥヌイは天国のようなところで、ここにいる限りみんな安全だ、とトゥイは言う。
モアナは砂浜で孵化したウミガメが海へ向かうのを助ける。そして海へ近づくと、モアナの周りだけ水が引いた。貝殻を拾いながら沖へ進むモアナに、海は道を空ける。貝殻で両手が一杯になるとモアナは我に返り、自分を取り囲む海の壁に見とれる。すると海の中からテ・フィティの心が近づいてきた。
ネタバレなしの感想
本作は、モアナがマウイと共にテ・フィティの心を返しにいく、という単純な話である。これは一見上手くいきそうに見えるけれど、問題は海が主な舞台となることだ。タイタニックなどの豪華客船があればその中でドラマも生まれようが、モアナとマウイが筏に乗っているだけではなかなかそうもいかない。
序盤はそれほど悪くなかった。
サンゴ礁の向こうに行きたいモアナとそれに反対するトゥイのやりとりはしつこい。だがそこに母親のシーナ(=ニコール・シャージンガー)やタラが上手く絡み、ささやかなドラマが生まれた。またモトゥヌイにおける日常の描写も良い箸休めとなっている。
しかしながら、海が生き物のように動いてモアナを手助けする、という設定は致命的であった。
本作は前半の舞台こそモトゥヌイだが、後半になるとモアナはほとんど海にいるのだ。そんなとき海がモアナに都合良く振る舞うようでは、物語として元も子もない。案の定、本作の後半はチート感が満載であり、全くもって緊張感に欠けた。
またテ・フィティの心の返還にマウイが関わるべき理由も説明しにくくなった。海がテ・フィティの心を運べるのなら、さっさと自分で返せばよいだろう。ちなみに海は自在に形を変えられるため、陸上には届けられない、という言い訳も通用しない。タラはマウイとテ・フィティが仲直りしてほしかったのかもしれないけれど、それだけでは冒険の動機としては弱すぎる。
そのほかにも、タラに関しては謎が多い。
年老いたタラは杖こそ突くものの、一応元気に歩いていた。だがモアナが目を離した数分の間に、瀕死の状態になってしまうのだ。もし私が子供の観客ならば、なんでおばあちゃんが死にそうになってるの?、と何度も親に聞くと思う。
またどうしてタラは危険な夜にモアナを送り出すのか。それ以前にモアナが旅に出る機会はいくらでもあった。
さらにマウイの登場は、観客にとって試練の始まりとなる。
まず、you’re welcomeの歌は単調な上に繰り返しが多い。もう少し作曲に工夫が必要だった。
筏に乗ってからは、テ・フィティの心を返しに行こう、というモアナとそれを拒むマウイの会話が延々と繰り返される。海上に2人きりで話のネタがないのはわかるが、ここで踏ん張らなければ観客は眠ってしまう。
カカモラというココナッツの殻を被った海賊集団も滑稽である。
モアナはカカモラを派手に蹴散らすので、もしカカモラがココナッツ軍団でなければPG12指定を受けていたところだ。こうした事情はあるにせよ、海賊をココナッツするという発想はどう考えても子供だましにすぎない。私はカカモラの登場を見てがっかりしたし、きっと子供たちもその光景に違和感を感じたと思う。
またカカモラがモアナたちに大量の矢を浴びせかけるのに、全く当たらないのは不自然だ。もう少し矢の量を加減した方がよかっただろう。
魔物の国、ラロタイへの訪問も不可思議だった。マウイは一応半神半人ということだが、どうしてモアナが水中で平然としていられるのか。海に愛された俺TUEEE状態なのかもしれないが、何でもありだと観客は付いていけなくなる。
また巨大なカニ、タマトア(=ジェマイン・クレメント、ROLLY)の歌はマウイのそれにも増して一本調子だ。おまけに海底での3人のやりとりは、非常にだらだらとして締まりがない。この場面は暗いということもあり、多くの子供たちが眠りについただろう。
テ・カーがテ・フィティを囲っている理由も判然としない。冒頭の説明によれば、テ・フィティの心を探してあちこち動いているはずではなかったか。テ・カーはモアナたちを襲うから、もしかするとテ・フィティを守っているのかもしれない。しかしその場合、筏の通り道を空けておく必要はないはずだ。
マウイの釣り針は攻撃を受けると消耗するが、自分で攻撃する分には痛まないらしい。こういった設定はゲームではあり得るかもしれないが、常識的に考えれば無理がある。
最終盤はお約束の展開を辿るが、その際の描写は取って付けたようだった。知恵を絞ってワンパターンを回避するのが望ましいけれど、それができないのなら、せめて自然な形で典型に沿いたい。
テ・フィティでの最終場面を見ると、制作者が海を動かしたかった気持ちがわかる。ただし海を常にモアナに寄り添わせたのは、どう考えてもやりすぎであった。
ちなみに、エンドクレジッツの後には一場面待っている。これはあくまでおまけだ。
私が観たのは初日の午前だったが、会場には老若男女がバランスよく入っていた。さすがディズニー、と感心したが、本作の完成度では不満が残ったのではないか。
本作は主題や設定選びに失敗し、非常に苦しい仕上がりとなった。一般に、映画館で観ることは薦めない。
監督 ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ 声 アウリー・クラバーリョ、ドウェイン・ジョンソン、レイチェル・ハウス、テムエラ・モリソン、ニコール・シャージンガー、ジェマイン・クレメント、アラン・テュディック、ほか 日本語吹き替え版 屋比久知奈、夏木マリ、尾上松也、ROLLY、ほか
1時間47分