「栄光への大飛行」は、ある人物が重航空機(=飛行船や気球を除く空飛ぶ乗り物)による世界初の英仏海峡横断に挑むまでの軌跡を描いた、ノンフィクション作品である。それはフランス映画のような独特な趣があり、挑戦に次ぐ挑戦で最後まで読者を飽きさせない。
朝、ルイ・ブレリオとその一家は朝食を済ませる。ときは1901年。ところはフランスの町、カンブレ。お日様の明るい、とても気持ちの良い日だった。ルイは家族らと共に新しい車でドライブに行くことにした。町の通りを走っていると、遥か空の彼方から、クラッケタ……クラッケタ……クラッケタ……、と変な音が聞こえてきた。それが気になって上を見ながら運転していたルイは、かぼちゃとキャベツを積んだ荷車にぶつかってしまう。そこらじゅうにかぼちゃとキャベツが散乱して、どっちを向いても怒った顔ばかりだ。そしてちょうど警官が手帳と鉛筆を取り出したとき、クラッケタ、クラッケタ、クラッケタ!クラッケタ!雲の中から人々の頭の上に、大きな白い飛行船が現れた。
ルイは重航空機を作り始めるが、人に教えてもらうことはなく、何度も失敗を繰り返す。そしてそこから学び、徐々に重航空機を改良していく。その過程は相当に困難だったことが想像されるが、本書はそういった大人の事情は描かず、あくまで、楽しく、小気味よく進んでいく。そのため、本書から道徳を学ぶことは少し難しいものの、このような挑戦をした人物を紹介することには意義があろう。また本書は芸術作品として良く出来ており、読んでいて心地よい。効果的な訳も本書の価値を高めている。
この挑戦とルイのその後について言及したページがあったので、まとめておく。
重航空機を作ると決めた6年後、ルイは資金が枯渇しそうになる中で、すぐには墜落しない、ブレリオⅪ号を作ることに成功する。しかしブレリオⅪ号の記録した最高飛行時間は20分に満たず、それは英仏海峡横断に必要とされる時間の約半分でしかなかった。そんな中、1896年に創刊されたイギリス最古の中間紙、デイリー・メイルが、自社の宣伝のため、重航空機による英仏海峡横断の初成功者に1000ポンドの賞金を出す、と発表する。ルイはこれを絶好の機会と捉えるが、2人の競争相手が現れる。1人はイギリス出身でフランスに帰化した、ユーベル・ラタム、そしてもう1人はフランス人の血を引くロシアの貴族、シャルル・ド・ランベールである。1909年7月、彼らはフランス、カレーの海岸に集結する。一番乗りで到着したラタムは、7月19日に初挑戦を試みるが、岸から10kmほど進んだところでエンジンの故障に見舞われ、海上に不時着する(ドーヴァー海峡はの長さは約34km)。一方、ライト兄弟の生徒であったランベールは、ライト兄弟が1906年に製造した、ライト・モデル・Aを持ち込むが、練習中の大きな衝突で怪我を負い、撤退を余儀なくされる。ルイも練習中に怪我をするが、それを何とか乗り越える。そしてラタムが再挑戦に備える中、ルイは天候を読み、7月15日の夜明け、イギリスへ向けて飛び立つ。
この挑戦の後、ルイは航空機製造会社を設立し、大きな成功を収める。ブレリオⅪ号は大量生産されて第1次世界大戦で使われ、さらに1913年にルイによって買収されたSPAD社も多くの戦闘機を製造する。そしてルイは1936年の死まで航空産業に携わり続けた。
参考 モナッシュ大学のページ→ Louis Charles-Joseph Bleriot中、Chasing the Sun: Louis Bleriotの部分
本書は楽しく気軽に読めるが、質の面でも優れている。購入しても損はないだろう。
作 アリス・プロヴェンセン、マーティン・プロヴェンセン 訳 脇 明子
40頁 文字数普通 全文字ふりがな付き
1984年コールデコット賞