「にぐるま ひいて」は地味ながらも美しい作品である。
木々も鮮やかに色づく10月、落ち葉散る木の下で、父親は荷車に牛をつないだ。それから、この1年間にみんなが作り育てたものを、何もかも荷車に積み込んだ。4月に父親が刈り取った羊の毛を詰めた袋。母親が羊の毛を紡いで織ったショール。娘が羊の毛の糸で編んだ指なし手袋5組。みんなで作ったろうそく。亜麻から育て仕上げたリンネル。父親が切り出した屋根板の束。息子が料理ナイフで作った白樺のほうき。じゃがいも、りんご、はちみつ、はちのす、かぶ、そしてキャベツ。3月に楓の樹液を煮詰めて取った楓砂糖の木箱詰め。放し飼いのガチョウから子供たちが集めた羽根1袋。荷車が一杯になると、父親は、行ってくるよ、と家族に手を振った。牛を引いて10日、丘を越え、谷を抜け、小川をたどり、農場や村をいくつもすぎて、ようやくのことポーツマスの市場へ着いた。
本書は19世紀初めのニューイングランドの山村における一家の暮らしを追いかける。10月からはじまり翌年5月までが描かれ、移りゆく北国の自然を堪能できる。本書では、自然を相手にする生活の厳しさや不安定さは具体的に説明されず、四季折々の一家が様子が簡潔に映し出される。仕事で使う道具を除けば、一家の家には最低限の家具や調度品しかなく、本は見当たらない。また子供たちは勉強するというよりも、家計を支える貴重な労働力となっている。ただそこに悲壮感はなく、子供たちにとってはこれが当たり前の人生なのだ。もしこれが現在の話なら、貧しい山村出身の若者が必死に独学してアイヴィー・リーグへ行き大成功、などという殺伐とした筋書きになりそうである。しかし本書の中にはもっと素朴で穏やかな価値観がある。山村での生活は甘くないだろうけど、こんな風に普通に働いて生計が立てられたら、どんなに良いだろう。
本書の文は、句点はあるものの、読点がないためやや読みづらい。確かに文は比較的短いものが多いし、上手く改行を使って読点の不在を補う工夫も見られる。ただそれでも、読点があればより読みやすかっただろう。
本書は生活を記録しただけの作品だから、話としては少し物足りない。けれど200年前の山村の生活を知ることは、私たちの視野を広げてくれる。購入してもよいと思う。
文 ドナルド・ホール 絵 バーバラ・クーニー 訳 もきかずこ
40頁 文字数普通 全文字ふりがな付き(ほぼ全文字かな)
1980年コールデコット賞